孫が歴史に興味をもっているので、先祖や家系図について調べてみることにしました。
まずは私と奥さんの戸籍を役場に出かけてさかのぼって取得することにしました。役場のすいている時間を電話できいて出かけ、試しにそれぞれの父親の戸籍をいくつか取得しました。奥さんのお父さんの兄弟は、日米戦争の時には得意の英語を使って米軍放送の傍受、解析をしていたそうです。このため敗戦後は公職追放になっていたそうですが、後には大学の英語の先生になっていたのがわかりました。この人が二年ほどかけて、先祖を戸籍と、お寺の過去帳などを使って調査していたそうで、その調査によると、先祖には大河ドラマで出てくる蜂須賀小六がいるというのがわかりました。本当なら面白いので私たちのほうでも確認しようと、過去帳のあるお寺を調べたのですが残念ながら廃寺になっていました。過去帳やお墓や親戚などから調べられるかもしれないので一度調べにいってみたいものです。
私の父親の戸籍をたどっていくと、父親の一番上のお姉さんのことがわかりました。結婚して満州に移住して小さな娘さんから年頃の娘さんまで多くの子供たちと満州開拓に携わっていたそうです。私の父親が一番上の姉は戦争で亡くなった話していたのですが、国立国会図書館のデジタルコレクションで名前を探す(キーワード検索です)とヒットしました。昭和20年の敗戦にともない帰国準備をしているところを匪賊に包囲され、家族全員自害したとありました。私の家系にも満州で亡くなった人がいるのがわかりました。
この時、満州には義母もおりました。敗戦にともない、帰国するための列車の場所についてウソを教えられて迷っていたところを、親戚にみつけてもらいやっとのことで列車に乗れて大連に到着したそうです。若い娘は襲われるので、髪を丸坊主にして逃げたそうです。大連では中国人の子供の子守をしていたと聞きました。ユーピンという名前の男の子の子守をしていたといっていました。中国の人が、平和を願うという意味の名前だよと教えてくれたと話していました。多分 宇平(ユーピン / Yǔpíng)と書くのではないでしょうか。さっきGeminiにきいてみると、この名前の「宇」は宇宙や世界といった広がり、空間を意味しており、「平」は平和ですから「世界が平和であるように」「広い心を持って平穏な人生を歩むように」といった、スケールの大きな願いが込められた名前だそうです。戦争が続いた中国の人たちの平和への願いがこもった名前ですね。その子の子守をして暮らしている時、義母は八路軍の将校に求婚されたそうですが、「私は やっぱり、日本に帰りたい」といって断りました。その将校はその後も親切にしてくれて、義母に日本に帰る船が港に来たことを教えてくれた上に、荷物を運んでくれて一緒にその船まで送ってくれたのだそうです。こうした中国の人たちの善意とやさしさのおかげで無事日本に帰国できたのは嬉しいことです。当時の八路軍は、満州に侵入したソビエト連邦軍とちがって強姦などは行わない規律の正しい軍隊だったと最近読んだ本
『ソ連兵へ差し出された娘たち』
https://www.shueisha.co.jp/books/items/contents.html?isbn=978-4-08-789015-0
にも書かれていました。
さて話を私の家系にもどすと、こちらには蜂須賀小六などは先祖におらず、平民だったようです。父の兄弟姉妹の何人かは戦争で亡くなっています。祖父は敗戦後も生き延びて、役場で働いて村の歴史をまとめた本を発行する仕事をしたりしていたことがわかりました。国立国会図書館デジタルコレクションは家系調査にも役立ちますね! 祖父の父についても戸籍から名前がわかってデジタルコレクションにも名前があるのですが、同姓同名の人かどうかは、戸籍を取り直してみないとわからない状態です。そのあたりになると文化とかいう年号がでてくる、江戸時代の生まれになるので戸籍がもう廃棄されて消えている可能性が高いようです。役場のオンラインシステムではこれ以上はたどれないようでした。こちらも親戚や地元の過去帳などから調べる他ないようです。
今日は戸籍で先祖をたどった時に知ったり、思い出した先の戦争の話でした。