ChatGPTに作ってもらった、文献検索の注意点の最終回です。
6.Textpresso ― 「論文を探す」より「論文中の事実を探す」
Textpressoは、PubMedとは発想がかなり異なります。Textpresso Centralは全文をsentence単位で処理し、単なるkeywordだけでなく、遺伝子、解剖学的用語、phenotype、biological processなどのsemantic categoryを使って検索する仕組みです。
https://www.alliancegenome.org/textpresso
この検索システムの場合は、利用に簡単な登録が必要になっていますが、大変強力な文献検索システムで、毎日利用することが多いサービスです。たとえば、ある遺伝子名を検索すると、その遺伝子名を本文やタイトルに含んでいる論文がヒットして、その遺伝子に関するいろんな事実を簡単に知ることができて重宝します。私が以前、ナショナルバイオリソースプロジェクトの線虫の委員を努めていたときには、ノックアウト株の利用数を調べるのにも重宝していました。まだ使ったことがない方は是非、利用してみてください。手放せないことうけあいのサービスです。現在はショウジョウバエ、線虫、出芽酵母のTextpressoが利用できます。
特にC. elegansはTextpressoが最初に開発された対象であり、WormBase bibliographyとも深い関係があります。
Textpresso Centralでは、keywordとontology/categoryを組み合わせて検索できます。例えば論文でも、C. elegans genes、alleles、organsなどのcategoryを組み合わせた検索例が示されています(PubMed)。したがってTextpressoは、「このテーマの代表的論文を10報探す」という用途よりも、「この遺伝子とintestinal phenotypeが同じsentenceまたは文脈で記述された論文を探す」という用途に強みがあります。
PubMedが「論文単位」の検索に近いのに対し、Textpressoは論文内部のbiological statementを探すシステムと理解すると、使い分けがしやすくなります。
7.ChatGPTに自然言語だけで文献検索を頼む場合
ここは、2025年頃から最も状況が変わったところです。以前のLLMでは、○○について重要な論文を10報挙げてください。と聞くと、モデルが内部知識から論文名、著者、DOIなどを「生成」することがありました。この場合、実在論文 + 実在論文の書誌情報の混同 + 存在しない論文が混在することがありました。この問題は、現在も原理的には残っています。
2026年に発表された研究でも、Web検索やretrievalを禁止した「memory-only」の条件では、最新世代LLMにも多数の不正確または架空の引用が生じました。重要なのは、この研究が検索を使ったChatGPTの評価ではないという点です。むしろ、LLM内部の記憶だけから参考文献を作らせない方がよいという点を示しています。(PubMed)
8.ChatGPTでWeb検索を使うと何が変わるか
現在のChatGPTには、必要に応じてWeb上の情報を実際に検索し、その結果をもとに回答する機能があります。ここでは、このWeb検索機能を使った回答を「ChatGPT Search」と呼びます。従来のLLMでは、質問に対してモデル内部に学習済みの知識だけを使って答える場合が多くありました。これに対してChatGPT Searchでは、必要に応じてWeb上のページを検索し、PubMed、PMC、出版社の論文ページ、データセットなどを実際に確認しながら回答できます。7で書いたようにモデル内部の記憶だけから論文を挙げるのではなく、
検索 → PubMedページ → PMC → 出版社ページ → datasetというように、実際の情報源をたどりながら調べることができます。これは、モデル内部の知識だけを使って回答していた従来のLLM利用とは大きく異なる点です。
また、検索に利用したWebページをcitationとして示すことができるため、利用者自身が情報源を確認しやすくなっています。
なお、ChatGPTは質問内容に応じて、自動的にWeb検索を使用することがあります。ただし、必ずWeb検索が行われるとは限りません。文献の存在確認、最新文献の検索、PMIDやDOIの確認など、外部情報源の確認が重要な場合には、プロンプトに「Webを実際に検索してください」「PubMedやEurope PMCを検索して確認してください」のように、利用者側から検索を明示的に指示しておくと安心です。
ChatGPT searchと呼ばれることがある、Web 検索については、OpenAIの日本語解説も参考にするとよいでしょう。(OpenAI Help Center)
9.ChatGPT Search と Deep Research の違い
ChatGPT Searchは、比較的明確な質問に向いています。例えば、「このDOIの論文は実在するか」
「egl-1とcrn-2を同時に扱った論文を探す」「chondroitinについて2025年以降の論文を探す」といった検索です。
ChatGPT Searchは、比較的明確な質問についてWeb上の情報を検索しながら回答する場合に向いています。
一方Deep Researchは、複数の情報源を調べ、比較・検討しながら、より詳しい調査を行うための機能です。
Deep Researchを利用する場合は、ChatGPTの入力欄にある「+」のツールメニューから Deep research を選択します。サイドバーから選択したり、プロンプトに /Deepresearch と入力して開始することもできます。Deep Researchを開始すると、まずChatGPTが調査計画を作成します。利用者はその内容を確認し、必要であれば調査範囲や使用する情報源などを修正してから調査を進めることができます。
たとえば、Deep Researchは、「過去20年間のC. elegans glycosaminoglycan研究の流れを整理し、chondroitinとheparan sulfateを比較する」のように、複数文献を検索して比較し、長いレポートに統合する仕事に向いています。現在のDeep Researchは、公開Web、アップロードしたファイル、利用可能な接続済みアプリやMCPなどを情報源として利用でき、Web検索を特定サイトだけに制限することもできます。Chatだけでなく、利用可能な環境ではWorkやCodexでも利用できます。(OpenAI)
生命科学では、非常に有用な機能です。例えば情報源を、
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
europepmc.org
pmc.ncbi.nlm.nih.gov
wormbase.org
などに限定して調査するという方法も考えられます。この機能はGoogleのNotebookLMと似ているのですが、「この30本の論文だけを根拠として答えてほしい」という用途ではNotebookLMのソース管理方式が分かりやすく、一方、「この30本を起点として、私が知らない関連文献も探してほしい」という用途ではDeep Researchの方が適しているようです。
10.しかしDeep ResearchもPubMedの代わりではない
ここは重要な点です。Deep Researchが100本の論文を調査したとしても、その100本が、そのテーマについて存在する全論文とは限りません。Web検索にはrankingがあるため、重要そうな情報を優先して調査します。一方、
(A OR B OR C)
AND
(D OR E)
というPubMed検索は、検索時点のPubMedデータベース全体に対して同じ条件を適用します。したがって、両者は性格が異なります。
Deep Researchは、複数の文献や情報源を調べ、それらの結果を比較し、共通点や相違点を整理して全体像をまとめる evidence synthesis に強みがあります。一方、PubMedやEurope PMCは、あらかじめ定めた検索条件をデータベース全体に適用して文献を抽出する database retrieval に強みがあります。したがって、Deep Researchは「文献を漏れなく集めるための検索手段として利用するべきではなくて、「Deep Researchで集めた文献や検索で得られた情報を比較・統合して理解するための道具」と考えると分かりやすいでしょう。systematic reviewや「該当論文をできるだけ漏れなく列挙する」仕事では、PubMedやEurope PMCが依然として重要です。実際、ChatGPTによるsystematic-review検索式作成を調べた2024–2025年の研究では、AI生成検索式は有望ではあるものの、既存の専門家作成検索式を完全には再現できないことが報告されています。(PubMed)
11.Workを使えばハルシネーションはなくなるのか
ChatGPTのChatモードのとなりにある、Workモードは、長時間・多段階の作業、Web調査、ファイル解析、成果物作成などをまとめて行うために非常に便利です。しかし、Workを選択しただけで、文献情報の信頼性が自動的に保証されるわけではありません。重要なのはモードそのものではなく、
どの情報源を使ったか
どの検索を行ったか
書誌情報をどこで確認したか、という点です。したがってWorkでも、
PubMedとEurope PMCを一次的な文献情報源として使用してください。
論文の存在をPMIDまたはDOIで確認してください。
検索に使用したqueryを最後に示してください。
という指示を与える方がよいでしょう。Workの価値は、その後、
検索結果の整理
abstract比較
PDF解析
表作成
レポート化までを一連の作業として進められる点にあります。
12.MCPが文献検索にもたらした変化
このブログでもたびたびとりあげているMCP(Model Context Protocol)は、LLMと外部データベースの間に標準的なインターフェースを作る仕組みです。例えばPubMedを扱うMCPであれば、自然言語
C. elegansでchondroitinを扱った論文を調べて
という依頼から、NCBI E-utilitiesなどへの検索要求を作り、得られた実在するレコードをLLMに返すことができます。この場合、LLMが論文を「思い出す」のではなく、データベースからレコードを取得して、その結果をLLMが解釈するという構造になります。この違いは非常に大きなものです。
13.TogoMCP ― 生命科学では特に注目すべきMCPの例
DBCLSは2026年3月、生命科学RDFデータベースとAIを接続するリモートMCPサーバーTogoMCPを公開しました。(DBCLS)
TogoMCPは現在、RDF Portalだけでなく、NCBI E-utilities、UniProt、ChEMBL、PDB、Reactome、Rhea、MeSHなど複数の生命科学データソースへのアクセスを提供しています。(GitHub)
2026年にはTogoMCPの論文も Database に掲載されました。
Kinjo AR et al. TogoMCP: natural language querying of life-science knowledge graphs via schema-guided LLMs and the Model Context Protocol. Database (Oxford). 2026. PMID: 42496188 DOI: 10.1093/database/baag042. (PubMed)
DBCLSによると、23種類のknowledge baseを用いた評価で、TogoMCPによってquestion-answering performanceが改善したと報告されています。(DBCLS)
このTogoMCPの本当の利点は、単なるPubMed検索よりも広いところにあります。例えば、
gene
↓
ortholog
↓
protein
↓
pathway
↓
disease
↓
publicationのように、異なる生命科学DBを横断する質問に向いています。つまり、
PubMed MCP = 主に文献検索様MCPであるのに対して、
TogoMCP = 文献+生命科学knowledge baseの統合探索様MCPであるという違いがあります。
14.MCPを使えば完全に安全というわけでもない
このすばらしいMCPにも注意点があります。MCPが返した情報をLLMが誤って解釈する可能性は残っているので注意しましょう。また、検索query自体をAIが誤って構築すれば、正しいデータベースを使っていても検索漏れが生じる可能性があります。さらにOpenAIも、信頼できないMCPサーバーではprompt injectionなどのセキュリティリスクがあり得るため、接続先を信頼できるサーバーに限定することを勧めています。(OpenAI Developers)したがって、
MCP = ハルシネーションをゼロにする仕組み
と考えるのではなく、
データベースに存在しない情報をLLMが自由生成してしまう領域を大幅に減らす仕組み
と理解するとよいでしょう。
この後には、この連載の第一回目の記事の内容(下のリンクからご覧ください)が続き最後のパート(19から始まる)が続きます。。
ChatGPTに自然言語で文献検索を依頼するときの注意点(その1)
以下は上の記事の文末からの続きです。
19.日常の研究で推奨できる実際のワークフロー
生命科学研究では、次のような流れが実用的です。
ChatGPT SearchまたはDeep Researchでテーマを探索します。
- 研究分野の重要概念、代表論文、著者、専門用語、同義語を把握します。
- ChatGPTに検索式を作らせます。
PubMedのMeSH+Title/Abstract、Europe PMC用queryなどを作ります。
- PubMed / Europe PMCで検索式を実行します。
ヒット数と重要論文の回収を確認します。
- 検索式を修正します。
既知論文が漏れていないか、ノイズが多すぎないかを確認します。
- 必要であれば全文検索を行います。
Europe PMCまたはTextpressoを使用します。
- 重要論文をChatGPT / Deep Researchで比較・要約します。
PDFやabstractを読ませて研究内容を整理します。
- 完成した検索式を保存します。
データベース名、検索式、検索日を記録します。
- Europe PMC RSSなどに登録します。
以降は新着文献を自動監視します。
この流れであれば、AIと従来型データベースの長所を両方利用できます。
20.systematic reviewと通常の研究調査は区別する
日常研究では、必ずしも完全な網羅性が必要とは限りません。例えばDiscussionを書くために、この結果を支持または反証する論文を調べたいという用途であれば、ChatGPT SearchやDeep Researchは非常に効率的です。一方systematic reviewでは、同じ検索を第三者が再現できることと、重要な研究をできるだけ漏らさないことが重要になります。この場合には、
データベース
検索式
検索日
検索件数
などを保存する必要があります。したがってAIは非常に優秀なsearch-strategy assistantとして利用できますが、検索プロセスそのものをブラックボックス化しない方がよいでしょう。
21.2025年頃の注意書きはどう変更すべきか
以前は、ChatGPTに文献検索を依頼すると架空の論文を生成することがあるため、PubMedなどで必ず確認する。という注意書きが適切でした。2026年現在であれば、少し書き換えた方がよいでしょう。
ChatGPTの内部知識だけから文献情報を生成させた場合には、現在でも架空または不正確な引用が生じる可能性があります。文献調査にはWeb検索、Deep Research、PubMed、Europe PMC、または信頼できるMCPなど、実際の外部情報源を利用します。重要な文献はPMID、DOI、原論文で確認します。網羅性と再現性が必要な調査では、使用したデータベース、検索式、検索日を保存します。
これが、現在の状況により合った表現です。
22.結論 ― 文献検索におけるAIの位置づけ
AI以前は、
研究者
↓
検索式
↓
PubMed
↓
論文
という流れが基本でした。現在は、
研究者
↓
自然言語
↓
ChatGPT
↓
検索語・検索式・検索戦略
↓
PubMed / Europe PMC / Textpresso / MCP
↓
実在する文献・生命科学DB
↓
ChatGPT
↓
整理・比較・要約
↓
研究者による検証
という形になりつつあります。
この変化の中で、ChatGPTの最も価値のある役割は、文献データベースそのものになることではありません。
研究者と専門データベースの間に入り、自然言語を検索戦略へ変換し、得られた情報を整理・統合することです。
PubMedやEurope PMCは、今後も重要です。
むしろLLMによって、
PubMed、Europe PMC、Textpresso、生命科学knowledge baseを以前より高度に使えるようになったと考える方が適切でしょう。
そして日常的な研究では、ChatGPT Search / Deep Research → PubMed・Europe PMCで確認 → RSSで継続監視
という組み合わせが非常に使いやすいでしょう。
C. elegansのように専門的なmodel organismを扱う場合には、さらに
Textpresso / WormBase / TogoMCP
を加えることで、通常のWeb検索だけでは得にくい情報にも到達しやすくなります。
これが2026年時点での、生命科学におけるAI文献検索の実用的な位置づけです。