国税庁をかたる巧妙な詐欺メールを回避する方法

前にも書きましたが、このところ、私のメールアドレスに国税庁を語る詐欺メールが毎日とどきます。
前にニュースになって、パスワードを変えさせられた事件がありました。大手のプロバイダが採用していたメールソフト会社から私のメールアドレスとパスワードが漏洩したので、メールアドレスを買った詐欺業者がメールをだしているのだと思います。
対策として、メールソフトで、国税庁をsubject かfromに含むものを迷惑メールフォルダに振り分ける設定をしたのですが詐欺メールはそのフィルタをすりぬけてきます。
なぜだろうとGeminiにきいてみると、巧妙な制御文字をつかったすり抜け方法を利用していることがわかりました。
Fromの部分に細工がしてあって国税庁などの語を登録しても迷惑メールフィルタをすりぬけられるようになっていました。
Geminiに画像をみてもらったところ、画像の差出人欄の国税庁の部分をかこんで表示されている先頭の LRI(U+2066: Left-to-Right Isolate)や 末尾のPDI(U+2069: Pop Directional Isolate)という文字の意味を解説してくれました。これは、アラビア語などの右から左に書く言語向けのUnicode双方向テキスト制御文字(Bidi制御文字)です。さらに文字の間にも中黒「・」や不可視文字・スペースなどを挟むことで、「国税庁」という文字列を壊してフィルターのキーワードマッチングを回避する典型的な細工が施されてるのだそうです。Fromの部分をコピーしてペーストすると、国税庁になってしまう仕組みなので、国税庁を含むものを振り分ける設定は無効になるという巧妙な仕組みです。これを迷惑メールフォルダ(適当な名前をつけてください)に振り分けるには、正規表現を使うのがよさそうでした。

“国.{0,3}税.{0,3}庁”という正規表現をフィルタに入力して、キーワードマッチするようにすると国税庁をかたる詐欺メールは大部分は迷惑メールにふりわけられました。しかしまだすりぬけるものがあります。

すりぬけた元のメールでFromの部分をみると、”庁税国”という文字が、先程のアラビア語用のBidi制御文字というものにに挟まれています。この細工は、RLO(Right-to-Left Override: U+202E) というUnicode制御文字を使って文字列の並び順を強制的に右から左(逆順)へ反転させ、さらに文字間にゼロ幅接合子(ZWJ: U+200D)などの不可視文字を挟み込むことで「見た目は国税庁だが、内部データは 庁税国」にする高度なすり抜け手法です。このため、「国税庁」や「国.{0,3}税.{0,3}庁」という左から右への順序を前提にした正規表現ではマッチしません。


結局、このようないたちごっこを完全に終わらせるには、表示名(国税庁)ではなく「本物の国税庁ではない詐欺メールの送信ドメイン(@hold.xjqht.com などの使い捨てドメインとおもわれる送信ドメイン)」を機械的に引っ掛ける判定に切り替えるのが最も確実です。詐欺グループは表示名をいくらでも細工できますが、メールを送る以上、差出人アドレス(From: ヘッダの @... 部分)は必ず hold.xjqht.com などの使い捨てドメインになります。本物の国税庁・e-Taxからの通知であれば、ドメインは必ず nta.go.jp または e-tax.nta.go.jp です。これを利用して、詐欺メールを送信ドメインで振り分けるのが一番確実でした。
いろいろ試してみましたが、最も効果的なこの種の詐欺メールの振り分け条件設定はつぎのようなものでした。

Fromに”税”を含み、(クオテーションマークは除いて税だけを設定に入力します。以下同様)
かつFromに”@”を含み、
かつFromがnta.go.jpを含まない(国税庁のメールは必ずnta.go.jpを含むメールアドレスから発信されます)

この三つの条件をフィルタに設定し、これに合致するものを迷惑メールフォルダ(適当に名前をつけてください)に振り分けるようにします。この設定では、たとえば地方の役所からのメールも迷惑メールにふりわけられるので、それだけは注意してください。

世界中のネットサービスがPHPの脆弱性の対処に追われている一日でしたね。

NHKのサイトに高市首相がPHP脆弱性の注意喚起をしたとの記事がのっていました。
今回の脆弱性への対応で今日は、いろんなネットサービスが止まっていたようです(再開したところまりますが、まだ止まっているところもあるようです)。今回これほど大事になったのは、脆弱性に対する対策パッチの公開前に攻撃者を利するような動きをする人や組織があったからのようです。、次のようなツイートがでています。
https://x.com/hideki_climax/status/2113078032869306456#m

私のサイトはWordPressを使っているのでPHPで動いています。私自身でPHPの修正パッチを入れることはできませんが、このブログのサーバーを置いている会社が昨日からPHPまわりの更新・修正を行なってくれたようで今は問題なく動いているようです。

こんなサイトもありました。次のリンクをクリックすると、空白ページが開いて左上にbot対策のリンクが小さい字で表示されるのでクリックしてください。すると国家サイバー統括室のサイトが開きます。
https://nitter.click/cyber_forecast
これはnitterのインスタンスへのリンクで表示しています。xならこちらで表示できます。
https://x.com/cyber_forecast
nitterはxのパブリックなツイートを、ログインせずにみることが出来るサービスです。公共サービスがxで発信している場合、上のx.comのリンクをクリックすればわかるようにxのアカウントがない人は最近の投稿5個ほどしかみることができません。これでは困るので、https://status.d420.de/
のサイトで今動いているnitterのインスタンスを調べてアクセスするとよいでしょう。

ただ画像をダウンロードするときはxのサービスからダウンロードするnitterインスタンスもあるので、プライバシーを重視する人はTorでアクセスするようにしてください。さらにxのサービスから画像や動画をダウンロードしないnitterインスタンスもあるのでそれを使えばよりプライバシー重視でアクセスできます。あるいは、
nitterのコードとは違うコードでnitterと同様にプライバシー重視でアクセスできるこちらのサービスを使うのもよいかもしれません。https://nitter.cf/
このリンクはトップページですので、寄付のお願いとかGitHubのページへのリンクなどがのっています。
スラッシュのあとにアカウント名をいれれば、このトップページを経ずに、直接ツイートをみることができます。
上の国家サイバー統括室ならこのようにアクセスできます。

https://nitter.cf/cyber_forecast

大学共同利用機関シンポジウム2026の動画が公開されました。

10月17日に岡山で開催されたシンポジュウムの動画が公開されています。ゴーギャンの有名な絵が使われているシンポジュウムです。

【大学共同利用機関シンポジウム2026】我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか ー宇宙の始まりから人類の未来へー
https://www.youtube.com/live/l6VYBoT4H_M

シンポジュウムは、理系と人文科学系が参加している大学共同利用機関によるものなので、文科系の話題と理科系の話題がとりあげられており、みごたえがあります。詳しい内容はこちらにけいさいされています。
https://www.nao.ac.jp/study/inter-sympo2026/
研究発表の部分のタイトルだけ並べておきますので、興味のある講演から視聴するとよいでしょう。


研究発表

我々はなぜ存在しているのか?
-SuperKEKBで紐解く宇宙の歴史

惑星と生命の誕生
—大型望遠鏡で探る多様性の起源

過去の南極から未来の地球を探る

光を集める生物の謎に迫る:
30億年を超える環境適応の果てに

渡来人とは誰か

徳之島の芸能を生きる
——記録映像が映し出す人々の記憶

量子マルチビームへの期待

フィジカルAI時代の到来とその先


Springer-Nature社が今年のノーベル賞受賞者が自社の出版物に書いた論文・総説などをまとめて公開しています!

Springer Nature社がこのところ恒例になっている、ノーベル賞受賞者の出版物をまとめた特設サイト2026年版を公開しました。国立国会図書館のカレントアウェアネスポータルのサイトにリンクがまとまっているのでご覧ください。https://current.ndl.go.jp/car/285978
ノーベル化学賞、物理学賞、生理学医学賞、経済学賞の受賞者の論文、総説などを読むことができます。
Springer-Nature Japanからのプレスリリースはこちらです。

【プレスリリース】2026年ノーベル賞受賞者に祝意を表して(Springer Nature, 2026/10/14)
https://www.springernature.com/jp/news/20261016-pr-2026-nobel-prize-site-jp/53868550

関係ない話ですが、このところいろんなところからメールアドレスが流出していますね。その影響に間違いないと思いますが、私の購入用に使っているメールアドレスに、税務署からの確定申告の間違いがあるので訂正するようになどという内容のメールが今日から入るようになりました。生成AIは使っていない詐欺メールで、日本語の見出しや、文章の日本語がおかしいのですぐわかります。なんかe-taxのアプリをダウンロードしたらよいというようなリンクも中にありました。国税庁はアプリなどだしていませんし、送信元の表記も公式の表記:
送信元表記:e-Tax(国税電子申告・納税システム)‹info@e-tax.nta.go.jp›
ではないのですぐ詐欺とわかります。
詳しくは今年の10月16日に更新されているこちらの国税電子申告・納税システムの「お知らせ」をご覧ください。詐欺メールの見分け方などが書いてあります。
https://www.e-tax.nta.go.jp/topics/2024/topics_hushinmail.htm

AIが台頭してきたこの時代の学生はどんな人生設計をすべきか、についての動画が評判になっています。

AIの急速な進歩で、数学や物理学の未解決問題が続々と解かれています。AIの解いた方法には既に知られている結果を知らずに自力で結果を得て利用するということも多いようで、人間がAIの論文を修正して、理解できるように書き直すことが多いそうです。これは昔インドからやってきた天才数学者ラマヌジャンの得た結果を、ケンブリッジ大学の優秀な数学者ハーディーが皆にわかるように書き直して論文にしていったのと似ています。この辺のところは、国立国会図書館デジタルコレクションで読めるこちらの本を見るとよいと思います。

G.H.ハーディ 著 ほか『一数学者の弁明』,みすず書房,1975. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/12607400 (参照 2026-10-19) これはハーディの本にC・P・スノーが書いた序文を合わせて翻訳したものです。

ハーディは集団遺伝学のハーディ・ワインバーグの法則で生命科学研究者もきいたことがある人ですね。遺伝学者のクリケット仲間からの質問に答えてこの法則を発見したという話はこちらの動画などにあるのでご覧ください。

The Hardy-Weinberg Principle | Bio Basics
https://youtu.be/oG7ob-MtO8c

このAIの台頭してきた時代に、今の学生はどのような人生設計をするべきかという動画が話題になっているようです。スタンフォード大学で行われた2026 Conference on Physics and AIという講演会での講演の動画です。演者はdiffusion modelを発明した人だそうです。2026 Conference on Physics and AI: Jascha Sohl-Dickstein
https://youtu.be/3LZN2UUxDos


さらに表示の部分をクリックして全文を読まれることをおすすめします。

全国Q地図で古墳探しを試してみました。

9月のNHKの番組で、赤色立体地図が無料で公開されていて古墳探しや山城探しに活用されているのを知りました。近くの古墳のような形の山が古墳かどうか調べようと、全国Q地図で赤色立体地図で調べてみました。

こちらの全国Q地図のサイトに、NHKの番組で報道されたというニュースがのっており、全国Q地図へのリンクもあるのでご覧ください。https://qchizu.jp/news-202609-nhk/
直リンクを貼り付けておきますが、これは千葉県のMPI赤色立体地図へのリンクになっています。
https://qchizu.jp/maps/#17/35.368812/139.937668/&base=std&ls=std%7C03_dem_52_gsi_all_2026_1_01_dem2mpirrim&blend=0&disp=11&lcd=03_dem_52_gsi_all_2026_1_01_dem2mpirrim&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f0&d=m

さっそく、近所の古墳がちゃんと赤色立体地図でみつかるか試してみたのでそのスクショを貼り付けておきます。

上のほうにある丸い形が、七夕池古墳、下の方の鍵穴型の地形が前方後円墳の光正寺古墳です。前方後円墳のほうはてっぺんまで登った写真を以前のせました。たしかに鮮やかに古墳を確認することができますね。これらはすでに史跡指定されているものですが、もうすこし南の方のMPI赤色立体地図をみると、多数の古墳があるのがわかりました。

こちらは破壊がある程度進んだ古墳として知られているものです。丸いのが円墳で前方後円墳らしきものもあるようにみえます。この立体地図で、DEM1Aはメッシュが1mの立体地図ということです。DEM5Aはメッシュが5mです。メッシュが小さいほうが地形の形が詳細に表示されているので1mのメッシュの図を使うのがおすすめです。
「MPI赤色立体地図」の「MPI」は、Morphometric Protection Index(モルフォメトリック・プロテクション・インデックス)の略です。MPIのついている立体地図のほうが、段丘面や平坦面がより正確に表現され(歪んで見えない)、平らな地面がスッキリとした白で表現されるため、細かな地形の凹凸が判読しやすくなるという特徴があって古墳探しなどには向いているようです。私の住んでいるところの近くには大野城とか頭巾山(とっきんやま)城跡などもあるので立体地図で城趾や石垣を探すのも面白いかもしれません(古墳より難しいとおもいます)。

線虫C. elegansを使ってバクテリアの強毒性株への進化メカニズムを明らかにする研究の動画が公開されています。

病原体の進化をモデル生物線虫C. elegansを使って解明する研究があります。今年のRoyal Society のFrancis Crick Prize を受賞したKayla C. King 教授(University of British Columbia / University of Oxford) によるPathogens and the power of evolutionと題する一般向け講演(2026年10月14日)です。https://www.youtube.com/live/SU82G51iLI8

教授の実験と主な結果を動画をみてまとめてみました。
まず線虫C. elegansに非病原性細菌を感染させて免疫力をアップします。その後、線虫を殺すことができる病原性バクテリアを与えて、線虫と病原性バクテリアがどのように相互作用して世代を越えて進化するかを調べます。病原性バクテリアの弱毒化や強毒化が起こるかどうかを調べます。線虫の免疫力をアップしておいてバクテリアに対する抵抗性を強めた場合、生き残る線虫もいますが免疫が不完全で完全には感染性の病原性バクテリアを消滅させることができないため、バクテリアは世代交代を急速にすすめて感染を繰り返し、なんと強毒化してしまうことがわかりました。線虫の免疫応答を担ういくつかの経路の一つ (MAP Kinase経路)の遺伝子pmk-1を遺伝子ノックアウトで壊した線虫で同じ実験を行うと、今度はバクテリアは弱毒化したそうです。


この動画を簡単にまとめると次のようになります:

  • 病原体は宿主に適応する過程で、必ずしも弱毒化するわけではありません。環境や感染条件によって強毒化することもあります。

  • 宿主に感染防御能力があっても感染を完全には防げない場合、これを incomplete immunity(不完全免疫)と呼びます。

  • 線虫に共生的な細菌 P. berkeleyensis をあらかじめ接触させると、自然免疫が活性化され、その後の病原性細菌 P. aeruginosa 感染による死亡が減少します。なお線虫は抗体を作りませんし、リンパ球も線虫にはありません。

  • しかし、この自然免疫による免疫防御は感染そのものを完全には防げません。細菌は線虫の腸管に定着・増殖できます。

  • この不完全免疫を持つ線虫の中で P. aeruginosa を繰り返し継代すると、病原体の毒力が増大して強毒化した病原体二進化します。この変化は全ゲノムシークエンスによると、ごく限られたゲノム変化(主に鞭毛遺伝子)で引き起こされているそうです。

  • 一方、免疫機能が低下した線虫(pmk-1のノックアウト線虫)内で継代すると、逆に毒力が低下し、病原体のゲノムには強毒化したバクテリアでみられるよりも大きな変化がゲノムのあちこちで生じるそうです。

なお、強毒化したバクテリアへの進化においては、毒素の遺伝子の強毒化ではなく鞭毛(flagella)に関連する遺伝子が選択を受けていることが示されました。これはバクテリアの運動性や線虫への接近、バイオフィルムの形成や線虫の腸への定着などに関わる鞭毛遺伝子が進化的選択をうけて、なんらかのメカニズムでバクテリアの強毒化に関わっていることを示しています。そのメカニズムの研究も次の面白いテーマになりそうです。

この講演で紹介されている研究によれば、不完全な免疫をもっている集団に病原体が感染した場合、病原体が強毒化することもありうることがわかります。コロナウイルスの場合を考えると、感染を防げないが重症化を抑えるというワクチンを集団に与えておいた場合、ウイルスが強毒化するのではないかと、すぐ思いつきますね。講演のあとの質問ではその可能性について質問が出て、議論されているので是非動画を観て考えてみてください。動画ではコロナウイルスのようなパンデミックが起こるメカニズムも、世代時間が短く大量に飼育できて、世代を凍結保存してじっくり研究できる線虫で研究できる可能性が紹介されています。さらに地球温暖化が病原体の進化にどのように影響するかなども、彼女の研究室で研究されているそうです。

詐欺メールをうけとりました。

サイバー攻撃でいろんなところで個人情報がもれまくっていますね。今日はソースネックストで漏洩したとか。セキュリティソフトも売っている会社での漏洩とは、こまったものです。年賀状ソフトをCREOから購入したことがあるのでちょっと心配です。そのうえ、今朝、私の防災メール用のメールアカウントに詐欺メールが届きました。作ってもいないクレジットカードについてのお知らせでした。不審な10万円近くの利用履歴があるのでカード利用を停止している‥‥使用停止措置を解除したかったらクリックして手続きしろというもので、防災メールのメールアドレスが日本全国で漏れたため、こんな詐欺メールが日本中にとびかっているのでしょうね。今年はbiglobeなどプロバイダのメールシステムも攻撃されてパスワードを変えさせられるということがありましたが、こんな情報漏洩で被害をうけてたとき補償なんてあるのでしょうか?
防災メールは町のホームページによると復旧したらしいですが、もれたメールアドレスはスパムメールの標的になってしまったようです。まだあなたのメールアドレスが漏れましたというようなお詫びメールは受け取っていませんが、今までほとんど利用していなかったメールアドレスにスパムが来たのですから、防災メールの漏洩による確率が1に近いと思われます。従業員53名の会社が日本中の防災メールを扱っていて、漏洩させてしまったのでは、補償も期待できそうにありません。情報セキュリティマネジメントシステムの会社が漏洩とは!!

AIと科学研究者はどのように協働できるか?

昨日の論文と著者によるコメントテキストについて書いてみます。論文は次のプレプリントです。

Truly Subquadratic 3SUM and Truly Subcubic APSP via Triangles in Sparse Lopsided Graphs](https://arxiv.org/html/2610.06783v1) written by Josh Alman(Columbia University)/Virginia Vassilevska Williams(MIT)arXiv:2610.06783v1、2026年10月5日公開

タイトルの意味は、「疎で非対称なグラフの三角形を利用して、3SUM問題を真に二乗時間未満で、APSP問題を真に三乗時間未満で解く方法」です。この論文は、長年破ることができなかった計算時間の壁を、わずかながら超えるアルゴリズムを提示しています。3SUM問題というのは、 与えられた n 個の整数の中に、足して「0」になる3つの数の組み合わせがあるかを判定する問題で判定に要する計算量は O(n²)(二次時間)となるアルゴリズムしか発見されていませんでした。また全対最短経路問題 (APSP)というのは、グラフ上のすべての頂点(n個あるとします)間の最短距離を求める問題で計算量は O(n³)(三次時間)となるアルゴリズムしか発見できていませんでした。これらの計算量の壁は破ることができないという仮説が提唱されていたのですが、今回の論文でその予想は誤っていることが反例で示されたというのが画期的なのだそうです。それぞれO(n1.9992)や(O(n2.9995)とわずかに計算量が減るだけですが、計算量の壁が存在しないことが示されたことにより、たとえばこれまで「3SUMやAPSPがこれ以上速くならないなら、この問題も速くならない」と証明されていた数多くの関連問題(幾何学問題や文字列処理など)の限界が一斉に崩れ、新しい高速なアルゴリズム開発のドミノ倒し(研究ラッシュ)を引き起こす引き金となっているようです。


今年、Anthropic社の研究者が、暗号理論に関する数学的問題を未公開の社内用最新AIモデルClaudeに調べさせていました。本来の目的は、ある暗号方式の理論的な性質を検証し、改善することでしたが、Claudeは、途中で関連するアルゴリズムの研究に進み、結果として3SUMやAPSPに関する長年の仮説を覆す手法を発見したということです。この成果を多分論文にしようと考えたのでしょう(そこのところははっきりしません)、Anthropic社がVirginia  Williamsさんに連絡をとり、彼女らがAIがあたえた証明を精査して書き直し、不要な部分を取り去り、証明の整理と改良をおこなって引用文献もつけて専門家が読める論文として公開したというのがこの研究の流れです。
このAIの論文を受け取って読んだ時、彼女は腹がたったとコメントの方に書いています。彼女らの未発表の研究ノート(2023年のもの)に記していた方針をAIがつきすすめてこの新アルゴリズムを見つけたことがわかったからです。このノートが盗み読まれたというのではありません。彼女らの研究方針をそのまますすめておれば、AIと同じ結論にAIよりはやく達していたはずだと思ったから腹がたったのです。彼女らはAIを殆ど使っておらず、最近の論文をみて使い始めたところだったそうです。もし未発表の研究のまとめの文書をAIにあたえていたら、多分1時間の公開版Claudeの使用でこの成果を自分たちが得ることができたはずだと述べています。それを確かめるため、彼女らは二種類のLLMに彼女らの未発表の研究ノートをアップロードした場合と、アップロードしなかった場合を比較するという実験を行いました。彼女らの未発表データを与えた場合にだけ、公開LLMは新アルゴリズムを発見できることが確認されました。与えない場合は、計算量の壁はこえられないという予想のほうが正しいのではないか、とAIが回答してきた場合もあるそうです。どのようなプロンプトをつかって実験したかや使ったLLMなど詳しいことは、昨日紹介した彼女のコメントのテキストファイルをご覧ください。ということで、未発表のデータや、前に試してうまくいかなかった手法やアイデアも、最新のLLMにあたえてみると、うまくいくことがあるという例が今回紹介した論文でした。

最後に、今回この論文とVirginiaさんによるコメントについてChatGPTとチャットした際の、ChatGPTの意見を以下にペースとしておきますので参考にしてください。今後のAIと研究者が協働するやりかたについてのChatGPTの意見です。また、この意見の中でChatGPTが数学研究と生命科学研究の違いについて深く理解しているのも注目すべき点だと思いました。数学や物理の人が生命科学について理路整然と説明されると、それが正しいと信じ込んでしまう場合をよくみかけます。しかし理屈がとおっていても生命はそのようになっていないことがあるというのが、生命科学をやっているものが体験的に理解している事実です。そのへんのところの警告をChatGPTが述べているのが「すごいな」と思いました。


今回の事例から考える、科学研究におけるLLMの実践的な利用

ここからは著者のコメントそのものではなく、そこから私(野村注:ChatGPTのことです)が考える研究上の教訓です。

 LLMは「優秀な助手」から「研究上の仮説を探索するシステム」へ変わりつつある

これまで研究におけるLLMの典型的な用途は、論文の要約、文献検索、プログラム作成、英語の校正、統計解析の補助などでした。

今回の事例では、これらを超えた役割を果たしています。
LLM自身が、与えられた研究課題から別の問題に進み、新しいアルゴリズムを見つけたのです。

ただし、現段階では二つの使い方を区別することが重要だと思います。

知識を整理するLLM

既存の文献やデータを要約し、問題の背景を理解するために使います。情報の正確性と出典の確認が重要です。

未知の解法を探索するLLM

仮説、失敗したアプローチ、関連論文を与え、新しい解法や説明を探索します。得られた結果については、独立した検証が不可欠です。

今回のClaudeによる成果は、後者の使い方が、少なくとも一部の数学的問題において高度な研究成果に到達できることを示しています。

科学愛好家や研究者が試せる実用的な方法

今回のWilliams教授の比較実験を参考に、LLMを研究的な課題に使う場合の手順を考えてみます。

最初に、自分で問題を定義します。何を明らかにしたいのか、すでに何が分かっているのか、何が未解決なのかを具体的に記述します。次に、関連する原著論文や、自分自身のアイデア、試行錯誤の記録を与えます。

そのうえで、例えば次のように指示します。

『添付した資料に基づいて、未解決の問題に対する新しい解法または仮説を検討してください。

特に、研究ノートに記載された未完成のアイデアが、参考論文に示された方法と組み合わせられる可能性を検討してください。

以下を区別して報告してください。

  1. 既存の文献から確実に言えること
  2. 新しい推論によって得られた可能性
  3. 論理的な飛躍や未検証の部分
  4. 仮説を支持または否定するために必要な検証

資料にない研究成果を実在するものとして引用しないでください。結論が得られない場合は、どこで行き詰まったのかを具体的に説明してください。』

数学なら独立した証明や形式的検証、実験科学なら既存データによる再解析、独立したデータや実験による検証が重要になります。

さらに、今回の教授のように、研究ノートを与えた場合と与えない場合の比較も有益です。このようにすると、LLMの応答から新しいアイデアを取り出すだけでなく、その発想のどの部分が人間の研究者の知識に依存しているのかを調べることができます。

科学的な発見を目的とする場合には、利用したモデル、プロンプト、参照資料、実行条件、試行回数などを記録しておくことも重要でしょう。

数学と実験科学には重要な違いがある

最後に、今回の事例を生命科学や物理学にそのまま当てはめる場合の注意点を挙げておきます。
数学の定理であれば、正しい証明が得られれば、原則としてその結果を確立できます。
さらにLeanのような形式的証明支援システムを利用すれば、論理的な誤りの危険性を大幅に減らせます。

しかし、実験科学では状況が違います。
LLMがどれほど合理的な仮説を提示しても、それが自然界で成立するとは限りません。例えば、ある遺伝子発現変化が特定の生理現象の原因であるという説明は、既存の分子生物学の知識と完全に整合していても、実験によって否定される可能性があります。
したがって、実験科学におけるLLMの役割は、少なくとも現時点では、仮説の発見、既存の知識の統合、実験結果の解釈支援などに位置づけるのが適切でしょう。

LLMによる論理的な整合性の確認は、実験による実証の代わりにはなりません。

まとめと考察

今回の論文と著者のコメントには、二つの重要なメッセージが含まれていると思います。
第一に、LLMが、人間の研究者が長年解決できなかった数学的問題に対して、新しいアルゴリズムを発見する段階に到達したということです。

2026年6月には、ChatGPTによって最初に発見された証明を人間の研究者が検証・改良した、別の理論計算機科学の論文も発表されています。Williams教授自身、この論文に触れて、LLMを研究に利用し始めたきっかけになったと説明しています。

Furthest Pair Requires Quadratic Time in Superconstant Dimension under SETH

第二に、より重要かもしれないのは、新しい発見に至るまでの人間とAIの関係が、従来考えられていたほど単純ではないということです。
今回の成果を、単に「AIが人間より優秀だった」と理解するのは適切ではないでしょう。
同じ方向の着想は人間の研究者が何年も前に持っていました。一方、その着想を実際に数学的な成果に結びつけたのはAIでした。そして、その成果を理解できる形に整理し、他の問題への応用を明らかにしたのは人間の研究者でした。

この三つはいずれも重要な知的活動です。

Williams教授は、LLMによって科学研究がどう変わるかを断言していません。むしろ、その不確実性を率直に認めています。

特に、AIが多くの研究者の知識を取り込みながら新しい結果を発見する時代に、研究成果の功績を誰に帰属させるべきかという問いには、まだ十分な答えがありません。

私は、今回のコメントで最も重要なのは、教授が未完成の研究ノートを使った比較実験を公開した点だと思います。

人間の研究者が持っていたアイデアを与えるとAIは解けた。しかし、それを与えなければ解けなかった。この小さな実験は、科学研究における人間とLLMの協働について、非常に具体的な示唆を与えています。

これからの研究者に求められる能力は、問題を自分一人で最後まで解く能力だけではなく、重要な問題を見つけ、有望な着想を育て、LLMの探索能力を活用し、その結果の正しさと科学的意義を判断する能力へと広がっていくのかもしれません。

そして、そのような時代には、成功した研究の記録と同じくらい、未完成の着想や失敗した試行錯誤の記録も、将来の発見につながる貴重な知的資産になる可能性があります。

この論文は、計算機科学の成果であると同時に、科学における発見、理解、独創性、そして研究者の役割について考えるための、重要な事例だと思います。

AI時代の科学はどのようにすすめるべきか?議論の基礎になる動画やコメントが発表されています!

このところAIが科学研究を加速する、あるいは科学者を凌駕する事例が増えています。次の動画もそのような現状を理解し考察するのに役立つかもしれません。

学習物理学・緊急オンライン座談会「OpenAI論文と理論物理」
https://www.youtube.com/live/KRvH7Nf5wFA

またこんなツイートもみつけました。これは歴史に刻まれるかもしれない、とても有意義なAIと科学に関するコメントです。

https://arxiv.org/html/2610.06783v1に公開されている計算科学の予想の反例をClaudeが見つけたという論文についての論文筆者によるコメントです。
まずは上のリンクから読める論文の謝辞の部分を読んで、この論文の画期的なアルゴリズムがClaudeによって著者と無関係に発見されたということを押さえてください。その後、この問題を研究していたMITのWilliamsさんのコメントを読むと何がおきたかがよくわかります。AIをどのようにこれから使っていくべきかを考えるための議論の基礎になる画期的なコメントです。
arxivの論文のタイトルは、
Truly Subquadratic 3SUM and Truly Subcubic APSP via Triangles in Sparse Lopsided Graphsというもので、計算科学で扱われていた次の問題についての予想の反例を与える論文です。Geminiによる解説の初めの部分を引用しておきます。

『計算機科学やアルゴリズム論において、長年「これ以上速くならない(あるいは劇的な高速化は困難だ)」と信じられてきたいくつかの基本問題があります。その代表例が以下のものです。

* 3SUM問題: 与えられた n 個の数値の中から、合計がちょうど0になる3つの組み合わせがあるかを判定する問題(従来の素朴なアルゴリズムでは計算量が O(n^2) かかる)。
*APSP(全ペア最短経路)問題: すべての頂点間の最短経路を求める問題(従来の動的計画法等では O(n^3) かかる)。

物理やシミュレーションにおける多体問題の計算コストやグリッド計算に直結するため、これらをいかに高速化するかは長年の重要課題でした。』

今までの予想では、この二つの計算のさらなる高速化は不可能と予想されていました。今回のプレプリントの論文ではその予想に対する反例が示されています。高速化が可能だと研究をすすめていたWilliamsさんたちでしたが、Claudeが彼女らの先をこして高速化可能なアルゴリズムを見つけてしまったというのが発端の話です。詳しくは明日書くことにします。