新型コロナウイルスに対するワクチンはもう存在している?―新型コロナウイルスと闘う糖鎖生物学

先日の記事で新型コロナウイルスSARS-CoV-2について糖鎖生物学からのアプローチを紹介しました。    その記事で紹介していたbioRxivに公開されているプレプリントの論文が査読を終えて有名な科学雑誌Natureに掲載され無料公開されています
   2003年のSARSの流行の時ロンドンで感染から回復した人がいます。その人のもっているメモリーB細胞(memory B cell)をとりだし、SARSウイルスと結合する中和抗体が存在することをつきとめ、その抗体を産生する細胞を不死化してモノクローナル抗体をつくりました(S309と名付けられています)。この抗体分子の全アミノ酸配列もわかっています。この抗体がSARS-CoVおよびSARS-CoV-2の共通の部位(具体的にはウイルスのスパイクタンパク質の、ヒトの細胞表面にあるアンギオテンシンコンバーティングエンザイムACE2分子と結合する部位とその周辺のN型糖鎖)と結合してウイルスを不活性化することがわかりました。Vir Biotechnologyという企業がこの抗体を新型コロナウイルに対する予防薬、治療薬として開発しており、まもなくフェーズ1と2の臨床試験を開始するそうです。これはワクチンではなくて洗練された血清療法のようなものです。新型コロナウイルスにかからないように医療関係者にあらかじめこの抗体を投与しておくとか、コロナウイルスにかかった患者さんの治療薬として使うわけです。この抗体は遺伝子操作で血中の半減期を伸ばしてあり、さらにvaccinal effect という効果で、投与した人に新型コロナウイルスの免疫を与えるように抗体の改変がおこなわれているそうです(Vir Biotechnologyのホームページによる情報)。Natureにでた論文は、前の記事の末尾で紹介したbioRxivにアップロードされていた論文ですので、bioRxivのようなプレプリントサーバーの素晴らしさをこの例からも実感できることと思います。
   このNatureの論文の責任著者は、David Veesler先生(ワシントン大学)で、新型コロナウイルスが結合するヒトの細胞表面分子(ウイルスレセプターと呼ばれます)がアンギオテンシン・コンバーティングエンザイム(ACE2) であることを発見した人です。コンバーティングエンザイムというのは、要するにタンパク質分解酵素のことで、アンギオテンシンの前駆体蛋白質を一定箇所で切断して活性型のアンギオテンシンペプチドを作り出すタンパク分解酵素です。Veesler先生の5月27日に行ったジョンズホプキンス大学セミナーの講演が、NIHのvideo castで公開されていますので下にリンクを載せておきます。SARS, MERS, SARS-CoV, SARS-CoV-2ウイルスのグリカンシールドの解析、ACE2との結合の様子、ウイルスの侵入の様子、様々なコロナウイルスに対する抗体の解析など情報満載の講演です。

高画質でダウンロードも可能ですのでこちらにアクセスしてご覧ください

コロナウイルスは、ウイルスの表面にあるSpike タンパク質(S protein) が三つ集まった複合体(三量体といいます)でACE2分子と結合します。Veesler先生たちの研究で、このSタンパク質三量体が開いたり閉じたりして、ACE2と結合することがわかりました(上の動画にありますので探してみてください)。さらに上で述べたようにS309抗体はACE2分子に結合するウイルスのSタンパク質の、特定のアミノ酸配列と付近のN型糖鎖と結合する抗体であることもわかっています。この配列はすべてのコロナウイルスに共通しており、S309抗体はSARSウイルス、コロナウイルスSARS-Co-V、そして新型コロナウイルスSARS-CoV-2を中和することができるのです。S309抗体(抗体は糖鎖が付加されたタンパク質です)の全アミノ酸配列も遺伝子配列もわかっており、ウイルスのS タンパク質と結合する部分であるFab(Fragment antigen bindingといいます)よりは、IgGの抗体分子そのものの方が中和活性は強いようです。S309といくつかのコロナウイルスに対するモノクローナル抗体を混ぜたものが最も中和活性が強く、この抗体カクテルを使えば、変異したコロナウイルスがまじっていてもきれいに中和できるのでウイルスが変異したものがまじっていても一網打尽に中和・不活性化できると期待されています。

S309抗体は、そのままでは予防薬、治療薬になるだけなのですが、遺伝子配列を変更することでSタンパク質への結合力を上げたり(分子進化の手法)、血清中での安定性を高めたりできます。またIgG抗体は糖鎖修飾されているのですが、その糖鎖からフコースを取り去ると抗体依存性細胞傷害活性(ADCC)が劇的に上がります(日本の糖鎖生物学の有名な成果です)。こうした様々な方法で抗体の作用を高めることもできます。もちろんADCCとかがやたらにおこると致命的になるかもしれませんし、予備的な十分な研究が必要なのはいうまでもありません。また上で述べたvaccinal effectというのも期待できそうです。癌の治療に使うモノクローナル抗体を投与した後、抗体が消えたあとにも癌細胞を攻撃する免疫が生み出される場合があることで有名です。エイズの治療とかでもvaccinal effectはみられるようで、S309モノクローナル抗体で新型コロナウイルスに対してvaccinal effectをひきおこすことができればこれは、ワクチンにもなるわけです。

昔はウイルス感染症から回復したり、感染しても症状が出ない人がみつかってもS309のような抗体を分離することは不可能でした(映画やSFではそれができるかのように描いているものが多かったですね。たとえばアウトブレイクという映画では、ウイルスの宿主で症状がまったくでないサルをみつければその宿主の血清から治療薬がすぐできたりしていたと思います。アウトブレイクの映画をもとにした看護学の教科書―アウトブレイクの映画をみて間違い探しをしながら学ぶという趣旨の本も図書館でみたことがあります。時代が進んだ今では、新型コロナウイルスに感染して回復した人の免疫細胞から抗体をとりだすというアプローチが盛んにおこなわれているそうです。たとえばこちらの雑誌Scienceにのった記事です。生命科学の飛躍的発展によっていまやそれが可能になってきているのですね。新型コロナ対策のみならず多くの感染症対策の一つの道が拓かれていっているのが実感されます。

新型コロナウイルス SARS-CoV-2と戦う糖鎖科学(糖鎖生物学入門 番外編)

新型コロナウイルスSARS-CoV-2(サーズ・シーオーブイ・ツーと読みます)についてのメモです。
1) このウイルスはenvelopeタイプのウイルスとよばれていて、外側に殻envelopeをかぶっているため消毒用アルコールとか、洗剤とかにふれると殻の部分のタンパク質が変性するので不活性化できます。それで70%程度のエタノール消毒(エチルアルコール=エタノールの原液では瞬間に揮発するので変性効果に乏しい)とか手洗いとかが感染予防に大事なわけです。

2) このウイルスはRNAウイルスですがRNAウイルスとしては例外的に、遺伝子配列の変異が少ないです。これはコロナウイルスが遺伝子複製のときに正確に自分のRNAを複製するメカニズム(校正機能 proofreading activity)をもっているためです。(校正機能をもつ酵素proofreading exoribonuclease / Guanine-N7 methyltransferase (ExoN)遺伝子や校正に働くとされるnsp7やnsp8の遺伝子をウイルスのゲノムにもっています。註1参照)。この校正機能が存在するので、今回の新型コロナウイルスは、インフルエンザウイルスで恐れられている激しい突然変異による強毒化する確率は低いのです。しかし最近、校正機能が低下したウイルスがヨーロッパで見つかっているようで注目されています。詳しくは註1とそこにあげた論文を参照してください。これに関しては、抗ウイルス薬として注目されているアビガンの開発者 白木公康先生たちが医事新報に掲載されている緊急寄稿1-3もご覧ください。薬剤耐性のみならず、ウイルスの感染予防についても詳しくわかりやすく書かれていて、大変参考になる内容です。

ところで新型コロナウイルスに感染しない人が存在するのをご存知でしょうか。
  以前、ウイルスは糖鎖を介して感染するという話をしました。エイズウイルスにしろコロナウイルスにしろ、ウイルスのタンパク質やウイルスと結合する細胞の受容体(レセプター)には糖鎖がついており、ほとんどすべてのウイルスは糖鎖を介して感染するので、この糖鎖が変化すればウイルス感染に影響を及ぼすことが予想できます。実際、N型糖鎖の合成の最終段階の酵素の一つMOGS (Mannosyl oligosaccharide glucosidase)の遺伝子に異常がある患者さんの場合、患者さんはウイルスに感染しないことがわかっています。この酵素が異常な患者さんでは血中の抗体の量が著しく減少しているのですが(註2参照)、なんとウイルス感染はおこりません。患者さんから取り出した細胞もテストしてみると、ウイルス感染耐性を示します(論文はここhttps://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4066413/ からたどれます)。これは、ウイルスのもっているタンパク質のN型糖鎖と、患者さんのもっているウイルス受容体のタンパク質のN型糖鎖が共にこの酵素MOGSの欠損で異常になるため、タンパク質が正しく折りたためず正常な立体構造がとれなくなってしまうためです。ウイルスタンパクが正しく折りたためず正常な立体構造がとれない上に、ウイルスの受容体のN型糖鎖も異常で正しく折りたためないため、ほとんどのウイルスは感染能力を失ってしまうのです。

このようにN型糖鎖が異常になることでウイルスに感染しないという人が存在することが明らかになっています。この例は、糖鎖についてよく理解して研究してその成果を応用すれば、ウイルス感染のない世界がやってくるかもしれないと期待させてくれます。(実際、MOGS酵素の活性を阻害するイミノ糖を与えることでSARS-CoVやエイズウイルスHIV、そしてジカ熱をおこすZika ウイルスなどの培養細胞への感染を抑えられるという論文もでています。)

さて、新型コロナウイルスの糖鎖です。新型コロナウイルスはその一番外側に突出しているスパイクタンパク質が、ヒトの細胞表面にあるACE2という分子に結合、細胞表面のタンパク分解酵素の作用でヒトの細胞膜と融合してウイルスの遺伝情報を細胞に感染させます。
上のわかりやすい図はAMED(日本医療研究開発機構)の研究成果のプレスリリース(2020.3.23)
Identification of an existing Japanese pancreatitis drug, Nafamostat, as a candidate drug to prevent transmission of SARS-CoV-2 からの引用です。膵炎の治療薬として使われているナファモスタットという薬が新型コロナウイルスの感染を抑える薬として使える可能性を報じています。

図にあるスパイクタンパク質は高度に糖鎖修飾されていて以前紹介したグリカンシールドを作っています。

上の図は新型コロナウイルスのスパイクタンパク質の糖鎖を示しています。ウイルスタンパク質の糖鎖はグリカンシールドをつくって抗体の攻撃をかわします。エイズウイルスのグリカンシールドは、抗体による攻撃を免れるのにきわめて有効でワクチンがつくりにくいのですが、新型コロナウイルスの場合は、幸いなことにこのグリカンシールドは不完全であちこちにグリカンシールドの穴があります。

図では一つのスパイクタンパク質を二つの異なる方向からみています。グリカンシールド(N型糖鎖のみ示してあります)の部分はball and stick模型で表示されており、糖鎖の種類によって色分けしてあります。緑がマンノース9個からなるN型糖鎖の部分、濃い黄色がマンノース5つを含むN型糖鎖、オレンジがハイブリッドタイプのN型糖鎖、ピンクが複合型のN型糖鎖です。タンパク質部分での抗体のアクセスしやすさも表示してあって、黒が最もアクセスしにくい部分、赤が最もアクセスしやすい部分です。赤い部分は抗体がアクセスしやすいのでワクチンの標的になり得ることがわかります。こうした糖鎖科学の知識にもとづいて、スパイクタンパク質のどの部分がグリカンシールドで覆われていないかを知って、その部分を標的とした抗体を作れば、有望な新型コロナウイルス予防ワクチンができるはずです。(糖鎖の存在を無視してやみくもに抗体を作ろうとしてもグリカンシールドで覆われているところを標的としてはうまくいかないのです。)この図はBioRxivにあるGrant et alの論文の図1です。https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2020.04.07.030445v2.full#F3

グリカンシールドをものともせずにウイルスを攻撃できる抗体というのはあるのでしょうか?その候補の一例についてもBioRxivの論文にでていました。以前流行したSARSコロナウイルスから回復した人の血清中にはウイルスを攻撃する抗体が存在します。その抗体を増やして調べてみると(註3参照)新型コロナウイルスのスパイクタンパク質のN型糖鎖の一つと、その糖鎖がついているタンパク質の一部分(ACE2と結合するreceptor binding domain RBDとは違う部分です)に強力に結合することがわかりました。S309と名付けられたその抗体ともう一つの、同様に得られた抗体を併せて使うと新型コロナウイルスの感染を強力に阻害することができるそうです(記事の末尾のBioRxivの論文参照)。

現在、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質と、スパイクタンパク質に結合している糖鎖、そしてグリカンシールドの立体構造の研究が急ピッチですすんでおり、糖鎖を理解することで新型コロナウイルスの感染を抑え込む有力なアプローチとして注目されています。

最新の糖鎖生物学の研究成果によると、新型コロナウイルスSARS-CoV-2は感染するときに、ACE2だけでなく細胞表面にあるシアル酸とも結合して感染していることがわかっています。まずスパイクタンパク質がシアル酸に結合し、その後でACE2と結合するようです。(シアル酸はインフルエンザウイルスの感染でもでてきましたね)また、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質のアミノ酸配列にはグリコサミノグリカンとの結合配列というのが見つかっており、グリコサミノグリカンの中でもヘパリンと結合するのだそうです。これは血液凝固阻害で治療によく使われる物質ですので特に重要ですね。またN型糖鎖だけでなくO型糖鎖の果たす役割の研究も進んでいます。こうしたすべての研究は、糖鎖がウイルス感染に決定的な役割を果たしていることを示しています。

註1:ウイルスの複製のときは、RNA合成酵素RdRp(RNA dependent RNA polymerase=ウイルスのRNAを鋳型としてウイルスのRNAを合成する酵素) とnsp 7 (nonstructural protein 7) とnsp8、およびExoNが複合体をつくって校正機能を示すようです。最近、RdRpの変異したウイルスがヨーロッパやアメリカでみつかっており、これは校正機能がうまく働かなくなっているらしいです。校正機能をもつExonN, nsp7, nsp8などとの相互作用がうまくいかないことがその原因と想像できます。そのウイルスでは点突然変異のメジアンが1から3に増えているのがわかったそうです。校正機能が低下して配列に突然変異を多く起こすとそのウイルスは滅びるのでしょうか?あるいは強毒化するでしょうか。もっとも重要な遺伝子の複製酵素が異常になったいわば病気のウイルスですので、どうなるか注目したいと思います。論文はここにあります。
https://translational-medicine.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12967-020-02344-6

註2:これは抗体の糖鎖修飾が損なわれているため、血中での抗体の寿命が短くなることでおこる現象です。抗体にも糖鎖が結合して重要な働きをしているということを覚えておいてください。

註3: SARSから回復した人の血中にあったメモリーB細胞をEBVウイルスに感染させて不死化して株細胞にした細胞が産生するモノクローナル抗体で、S309と呼ばれています。


より詳しく知りたい人のために―動画と文献の紹介です;
グリカンシールドの研究では、 分子動力学(MD: Molecular Dynamics)による解析(MD解析)が盛んです。スパイクタンパク質のタンパク質部分の立体構造をもとに、それにN型糖鎖付加(どんなN型糖鎖が実際付加されているかもかなり詳しくわかっています。ウイルスが育つ細胞によって糖鎖構造は変化するのですが、どのような糖鎖でもグリカンシールドとしては働くようです)をさせた分子を計算機中にモデル化して、その時間的な動きを計算で追跡していきます(ニュートン力学に基づく分子内の運動の計算を行います)。この方法で、生きている細胞中でグリカンシールドの糖鎖がどのように動いているか、スパイクタンパク質のどの部分がワクチン候補の抗体がねらうべき部分かなどを解析できるわけです。上にあげた図も分子動力学による解析で作成されました。実際SARS-CoV-2のスパイクタンパク質について解析したムービーとしてはNIHで今月初めに開催されたオンラインワークショップのムービーをご覧ください。NIHからダウンロードしたムービーの3時間9分47秒あたりからMD解析の結果の一部がみられます。同じムービーの3時間46分52秒あたりにもMannoseが9個つらなった糖鎖部分M9がスパイクタンパク質のポケット部分に這っていく動画がでていますのでご覧ください。
このオンラインワークショップ“Coronavirus, SARS-CoV-2, & Glycans”は以下のリンクにありますのでダウンロードしてご覧ください。
https://videocast.nih.gov/Summary.asp?file=29093&bhcp=1
最新の糖鎖生物学がどのように新型コロナウイルスと闘うのに役立っているかがよくわかります。下の写真はこのワークショップのオープニング画面のキャプチャです。
新型コロナウイルスと戦う糖鎖生物学の成果については、BioRxivの論文をみると大いに役立ちます。BioRxivの論文は査読をうけていませんが、しばらくすると有名雑誌に掲載されるものが多数ありますので是非、定期的にチェックしてみてください。たとえばOxford大学のWatanabeらによるBioRxivにでた論文
Site-specific analysis of the SARS-CoV-2 glycan shield
Yasunori Watanabe, Joel D. Allen, Daniel Wrapp, Jason S. McLellan, Max Crispin
最近Scienceに査読を終えて以下のリンクに掲載されています。
https://science.sciencemag.org/content/early/2020/05/01/science.abb9983

以下の論文も注目されています。
Analysis of the SARS-CoV-2 spike protein glycan shield: implications for immune recognition:doi: https://doi.org/10.1101/2020.04.07.030445

Structural and functional analysis of a potent sarbecovirus neutralizing antibody
doi: https://doi.org/10.1101/2020.04.07.023903

他にもいろいろあるので検索してみてください。

プレプリントサーバーとその活用法の紹介4―最新情報の追加です

このブログではプレプリントサーバーの活用について紹介してきました。いつも多数のアクセスありがとうございます。写真は近所でみかけたくずの花です。秋も深まってきました。

何度もNIHのVideoCastを紹介していますが、数日前に米国のポスドクの現状とポスドクとしての能力、存在感をアピールするのにプレプリントを発表することが薦められるという講演があったので紹介しておきます。Jessica PolkaさんのNIHでの講演で、米国のポスドクの現状、最初のfirst author(筆頭著者)の論文を発表するのに要する期間が、これまでになく長くなっており、論文が少ないので研究費を獲得したり、次の職を得るのに困難を覚えるポスドクが増えているのに対する対策、そして査読する能力をどのように向上させるかなどを扱っている、興味深い講演でした。
講演のスライドはここをクリックするとダウンロードできます。Google documentに保存してあるのでFirefoxではうまくいかないので、Google のブラウザChromeかInternetExplorerでアクセスしてください。青字で閲覧のみとか書いてありますが、スライドはダウンロードできます(開いたページの「ファイル」をクリックして開き、「形式を指定してダウンロード」を選んで、Powerpointやpdfなど好きな形式でダウンロードしてください。講演は高画質でダウンロードできますので、たとえば1240kの高画質でダウンロードして、適当なメディアプレーヤーでみればゆっくり講演を聴講できますのでお試しください。ハイビジョンの高画質のムービーでもみられるメディアプレイヤーとして、私はMPC-BEというフリーソフトを使っています。

JessicaさんはASAPbio(エイサプバイオ)という組織―ASAPbio (Accelerating Science and Publication in biology) is a scientist-driven initiative to promote innovation and transparency in life sciences communication. We are a 501(c)3 nonprofit incorporated in the state of California―に属していてプレプリントの利用を推奨するとともに、ポスドクのキャリアパスについても研究している方です。

講演にもありますが、論文に要求されるデータ量が激増していいます。それで昔は4年の大学院(米国の例)の場合、平均3-4年で筆頭著者の論文first author paperがでたが今では平均4-5年と論文の出版が遅れるようになっているようです。これは論文として出版されるために必要な実験量が昔の倍以上になっていることも原因であり、以下の論文で具体的に実証されています。論文中の実験量は図のパネルの数―つまりFig. 1A, Fig. 1B,. Fig. 1Cなどどある場合のA,B,Cなどの数―を数えてそれにTableの数などを加えて算出してます(註1)。下の論文やこのビデオをみてもらうとデータがありますのでご覧ください。実験量が増えたことで、論文として完成するのに時間がかかり、ポスドクや院生が論文をだすのが遅くなってしまうわけです。これは日本で多い5年プロジェクトなどでも経験しますが、ポスドクや院生や研究者にとって深刻な問題です。それをどうして救うかというのがこの講演の内容です。プレプリントを活用できるというのがこの講演の一つのメッセージです。(註1:私見ですが、さらにグラフの場合、統計処理するためサンプルのサイズN=30とかになることがよくありますので、一つのパネルといってもそこには本当に多数の実験が繰り返されている場合があり、これをカウントするともっと実験量が増えると思います)。

Accelerating scientific publication in biology
Ronald D. Vale

プレプリントのメリットは、いろいろあります。
メリットその1) 去年あたりから、グラントの申請や業績報告書にプレプリントを掲載することができる組織が激増しています。つまり就職活動や研究報告、新しい研究費の申請のときに、業績としてプレプリントが使えるようになっているわけです。
日本の方に関係あるところでは
Human Frontiers Science Program (December 12, 2016)でもプレプリントが利用できます。“The Board of Trustees of the International Human Frontier Science Program Organization (HFSPO) has decided that for competitions starting in calendar year 2017, applicants may list preprint articles in the publication section of HFSP proposals. Current HFSP awardees are also permitted to cite publications which are deposited in freely available preprint repositories in interim and final reports to the Organization.”

といった具合です。Wellcome Trust , MRCやNIH, HMMIなど大手のグラント母体もそういう方針になっています。これもASAPbioのページにリストがあります。

プレプリントについては以下のページ(ここをクリック)がまとまっています。またpreprintについて投稿してみた人の経験がこのリンクに動画と画像で紹介されています。

プレプリントサーバーは以前にも紹介しましたが、最新のプレプリントサーバーのリストがありますのでご覧ください。Research Preprints:ServerListというページです。

ここにリンクがあります。

メリットその2) プレプリントを公開すると学会の講演のように、研究者の存在感を示すことができます。

メリットその3) フィートバックがくるので論文を改善できます。bioRxivの場合は10%ほどにコメントがつくようです。他の人にコメントをみられたくないという人も多くて、そんな人は著者にemailしてきたり、twitterやFacebookなどのSNSでコメントをくれるようです。プレプリントサーバーのコメントは公開前にチェックが入っているので炎上とかなないようです。

メリットその4) 雑誌の編集者はプレプリントをみていますので、プレプリントをみてうちの雑誌に投稿してくださいといってくることinvitationも結構あるそうです。(PLos GeneticsやProc. Royal Society Bなど)

メリットその5) 研究の早い段階でプレプリントをみて連絡してくる共同研究者が見かる例も多いそうです。

メリットその6) いつどんな研究をしたかを、公開のプレプリントサーバーに記録としてのこせる(doiもプレプリントに付与されますし、プレプリントの引用を許している雑誌も増えています)上に、バージョン管理もできる。

メリットその7) 就職や研究費(グラント)申請の時、研究者としての生産性を示すことができる。これは上にも述べました。今までは論文を投稿してからアクセプトされるまでは業績や研究成果に載せられないことが多かったのですが、プレプリントを業績として認める組織が増えているので大きなメリットです。

メリットその7) そしてなによりも発見を加速させることができるのが最大のメリットでしょう。

では不安点はというと:
I’m going to get scooped!というのが最大の不安なのではないでしょうか。しかしこれは簡単にはやれないと思われます。論文の内容をプレプリントでみて、それをもとにもっとよい論文を書くというのですが、これをやるのはほぼ不可能だと思います。アイデアとか実験とかはプレプリントに書かれており、投稿日もバージョンも公開されているので剽窃は困難です。アイデアや方法、結果のクレジットを早々ととって、研究成果を共有するメリットのほうがいまや大きくなってきているようです。物理とかコンピュータサイエンスの分野でのプレプリントの経験から、scoopするのが困難でリスクをともなうことは明らかなことだと思います。その他の考える不安点も講演で議論されていますのでご覧ください。

どの雑誌がプレプリントへの投稿前の掲載を許可しているかは、ここをごらんください。

またプレプリントの雑誌会というのもネット上にいろいろあるのでその紹介やレフリーのコメントなどを公開する動きが加速しているという話も講演にあります。

プレプリントサーバーとその活用法の紹介―bioRxivの利用法3

プレプリントサーバーbioRxivの利用法の第3回です。前回紹介したように大学や大学院、そして研究室での論文ゼミでbioRxivを活用しているところが増えています。出版される前に論文を読めるというメリットの他に、その論文を査読(レフリーをする)することを体験できますし、その論文がその後どのように印刷出版されるかをたどっていくと、レフリーとのやりとりなども追跡できるので研究者の卵にもとても勉強になります。以下のサイトをみるととても役立つと思いますのでご覧ください。

まず一番のおすすめは、preLights A というサイトです。これはプレプリントのハイライトサービスで、雑誌Journal of Cell ScienceとかDevelopmentとかを出版しているThe Company of Biologistsがスポンサーになっているサービスです。生物関係のおすすめのプレプリントを教えてくれるサービスですので是非使ってください。今日みてみるとテントウムシの模様のできるメカニズムのゲノムからの解明などの研究がハイライトされています。ハイライトの一覧は、ここにハイライトされているプレプリントへのリンクがありますのでブックマークしてください。

biOverlay はプレプリントサーバーにある論文を、独自に(勝手に)選んで勝手に査読してその結果を公開しています。こういうのをoverlay journalというのだそうです。査読の仕方の勉強にもなりそうですね。ご覧ください。

Peer Community Inというのも面白いアイデアです。著者はプレプリントサーバに原稿をアップロードした後、こちらのサイトにも原稿を読んでもらうよう依頼します。こちらのサイトが原稿を独自に査読にまわすかどうか決めて、査読にまわされれば匿名のレフリーが査読します。査読がOKになったらこのサイトで推薦の辞つきで公開されるというわけです。これで著者が得心したら論文としてdoiもわりふられて業績になるという仕組みです。著者がちゃんとしたjournalに投稿するのも問題ありません(このへんの仕組みの図と詳しい説明がここにあります)。推薦の辞はプレプリントだけではなく、すでに公開されている論文についても書かれることがあるようです。
投稿できる分野は進化生物学、生態学、古生物学となっています。以下にリンクがあります。

 Peer Community in Evolutionary Biology, Peer Community in Ecology or Peer Community in Paleontology

写真は、散歩の途中で写真をとってくれと、せがんでいるように声をかけてきたスズメの子です。人を怖がらず、写真をとっている間ずっとポーズしていろんな方向をむいたりしてくれていました。数日前からヒグラシも鳴きはじめ季節が進んでいます。

 

 

プレプリントサーバーを利用した論文紹介ゼミのすすめ―bioRxivの利用法2

土曜日にサイトのテーマを携帯対応のものに変えました。携帯でアクセスする方は、携帯を横にしてみてもらうと見やすいと思います。

If you want to be one year behind, don’t read bioRxiv– Jeff Leek

今日は5月23日のプレプリントサーバーの紹介に続く記事です。上の言葉は生物統計学などで多くの論文を出しているJeff Leek先生の言葉だそうです。論文投稿前のプレプリントをプレプリントサーバーに投稿していろんな人に読んでもらい、同時に引用できるようなdoiも取得した上で改訂して適当な雑誌に投稿するという人が増えています。また大学や研究室の論文セミナーで、雑誌にでた論文を選ぶのではなく、プレプリントサーバーにアップロードされた論文を選んで紹介するという新しいスタイルの論文紹介ゼミも盛んになっているようです。雑誌に出る論文より一年以上早く最新の成果を把握できることも多いので、PubMed検索だけではなく、プレプリントサーバーの検索も習慣にすることをお奨めします。

論文紹介ゼミでは、プレプリントサーバーにアップロードされた論文を読んで紹介し、論文のレフリー(査読者)になったつもりで内容を批判し吟味します。皆で検討した結果を著者にメールなどで連絡して原稿の改善に役立ててもらうというわけです。
こうしたプレプリントのゼミをやると、研究生活の早い時期に論文のレフリーの役割を学べます。著者への連絡がとても役立ったということで、論文を雑誌に投稿するときに謝辞に名前を書いてもらった学生もいるそうです。
今までレフリーになるのは、博士課程の学生で先生のお手伝いで協力するとか、査読を依頼されたときにレフリーの経験の多い先生に教えてもらうなどしかチャンスがなかったのですが、プレプリントサーバーで原稿が読めるようになったおかげで、学部学生や修士の学生でもレフリーの勉強ができるようになったわけです。米国ではプレプリントをつかったレフリーの練習も盛んになっているとのことです。皆さんも是非お試しください。これはpreprint reviewといいますが、これについてはこのリンクも参考になります。

線虫C. elegansの最近のプレプリントで面白そうなのにこんなのがあります。 配偶子幹細胞ニッチについてのKimbleラボの論文と、ノーベル賞をとったMelloさんのところのCRISPRを用いたゲノム編集の新手法の論文です。

C. elegans germ cells divide and differentiate along a folded epithelium

Hannah S Seidel, Tilmira A Smith, Jessica K Evans, Jarred Q Stamper, Thomas G Mast, Judith Kimble

最新の論文を探してみよう プレプリントサーバー bioRxivの利用法1

最新の論文を探すのには、PubMedやGoogle検索を使う方法が良く知られています。今回は、投稿前の論文、査読中の論文の探し方を紹介します。

論文を投稿する前に、完成した論文をプレプリントのかたちで公開サーバーにアップロードして皆に読んでもらい、プライオリティの取得もかねて意見を求めるというのは、昔から物理などで盛んな ならわしでした。現在では生命科学の論文用のプレプリントサーバーbioRxiv(バイオアーカイブと読みます)が盛んに利用されています。このサーバーを検索すれば最新の査読されていない またはここに公開と同時に査読中の論文を読むことができます。

bioRxivはCold Spring Harbor Laboratoryが維持しているプレプリントサーバーで、投稿すると内容をチェックした上で(非科学的な内容ではないか、テロに用いられるような危険な知識を提供するものではないか、剽窃した内容でないかなどのチェックです。査読してくれるわけではありません)翌日には公開されます。利用は無料です。

このサーバーはほとんどの著名な生命科学系の学術雑誌(ここに今日、ダウンロードした提携雑誌のリストがあります。投稿前に必ずこちらhttps://www.biorxiv.org/about-biorxivで確認してください。)と提携しており、bioRxivに いったん投稿しておけば、提携雑誌へ投稿する際は自動的にデータがその雑誌に移動できるようになっていて、投稿時にもう一回著者のリストを入れたりする手間はないのでおすすめのサービスです。投稿してしまえば引用可能になりますので、取り下げることはできません。利用法としては、査読のある雑誌への投稿と同時にこのサービスで投稿原稿を公開したり、bioRxivのサーバーで公開して皆にすぐ読んでもらった後で、査読のある雑誌に投稿することができます。またbioRxivに公開した後、コメントなどを参考に改訂してバージョンアップした後、投稿することも可能です。下の紹介動画をご覧ください。

私の良く知っている線虫の研究者、Josh Bembenekさんも盛んにこのサービスを利用しており、最近もこんな論文のプレプリントを公開しています。
https://www.biorxiv.org/content/early/2018/05/10/319657

線虫の細胞系譜にそって細胞質分裂の仕方が変化するという面白い内容です。

皆さんもbioRxivの検索画面で自分の好きなキーワードでいろいろ検索してプリプリントを探してみてください。最新の研究成果がいろいろ見つかると思います。

多くの雑誌ではプレプリントサーバーにアップロードして公開した論文は、投稿前のもの
prior to submissionとみなされます。中には投稿前にbioRxivでの公開を許さない雑誌もありますので、投稿前に十分調べてから投稿してください。Oxford Journal系の雑誌のように、公開プレプリントサーバーに公開しているものが投稿後にアクセプトされて掲載されるときには、すでに公開していたのだからといって、オープンアクセスの料金を払わねばならないところもありますので注意してください。各雑誌のポリシーは
https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_academic_journals_by_preprint_policy
などにまとまっています。

他の分野でのプレプリントサーバーには、物理関係(経済分野も含む)のものや、は科学哲学関係のものなどもありますので、興味ある方は訪問してみてください。