新型コロナウイルスとワクチン―Sタンパク質はヘパリンと結合する

新型コロナウイルスSARS-COV-2のワクチンの接種がすすんでいます。3回目の接種も国民の6割を超えたとか。そこで今日は、糖鎖生物学からみたワクチンの話です。現在接種が行われているmRNA(メッセンジャー・アールエヌエーと読みます。エム・アールエヌエーというと専門家風に聞こえます)ワクチンは、分解しにくいように塩基を改変した合成mRNAが主成分です。このmRNAはウイルスの表面に生えているスパイクタンパク質(SpikeのSをとってSタンパク質とよばれます)を作るもので、このmRNAを入れた脂質ナノ粒子を筋肉注射します。注入されたmRNAが、体内で翻訳されてスパイクタンパク質(Sタンパク質)が合成され、これを異物として体が認識するので抗体ができ、その抗体は感染してきたウイルス表面のSタンパク質を攻撃するのでウイルスの感染が成立しなくなるというわけです。下はオープンアクセスの解説(総説)からとった解説図です。総説はこちらから読めます。mRNAワクチンについての概観を得るのに最適の解説だと思います。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8071766/
An external file that holds a picture, illustration, etc. Object name is ijbsv17p1446g002.jpg
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/core/lw/2.0/html/tileshop_pmc/tileshop_pmc_inline.html?title=Click%20on%20image%20to%20zoom&p=PMC3&id=8071766_ijbsv17p1446g002.jpg
上が図へのリンクです。

さて、このワクチンに含まれているmRNAの配列は公表されていますが、ワクチンそのものからmRNAを回収して配列決定した方もいます。その配列はたしかにSタンパク質のmRNAのものであり、間違いなくSタンパク質を体内で作ると期待されます。
https://github.com/NAalytics/Assemblies-of-putative-SARS-CoV2-spike-encoding-mRNA-sequences-for-vaccines-BNT-162b2-and-mRNA-1273/blob/main/Figure1Figure2_032321.fasta

このSタンパク質、実は糖鎖と結合するのですが、この事実はあまり知られていません。Sタンパク質はタンパク質なので、特定の配列のアミノ酸がつらなって配列している分子です。Sタンパク質の中にある、アルギニンなどプラスの電荷をおびているアミノ酸がつらなって並んでいる配列の部分が、細胞表面の糖鎖の一種であるグリコサミノグリカン(グリコサミノグリカンglycosaminoglycan: GAGと略されます)と強固に結合します。グリコサミノグリカンというのはマイナスに電荷を帯びている糖鎖で多くの場合、タンパク質と結合してプロテオグリカンとよばれる糖タンパク質として存在しています。Sタンパク質のアミノ酸配列中にはプラス電荷の多いアミノ酸からなる部分が最低3つあり、これがマイナスの電荷をおびているグリコサミノグリカン(ヘパリンやヘパラン硫酸、コンドロイチン硫酸、ヒアルロン酸などの糖鎖部分をいいます)と結合するのです。日本やスエーデン、米国など世界各国でSタンパク質がグリコサミノグリカン、特にヘパリンと強固に結合することが論文発表されています。一例としてEsko先生のグループの論文を紹介しておきますので興味のある方はご覧ください。https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32970989/
このリンクから論文がダウンロードできます。
https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(20)31230-7?_returnURL=https%3A%2F%2Flinkinghub.elsevier.com%2Fretrieve%2Fpii%2FS0092867420312307%3Fshowall%3Dtrue

その他のレセプターについては以下をご覧ください。https://www.nature.com/articles/s41392-021-00653-w

このSタンパク質は、3つあつまって三量体となって働きます。Sタンパク質が結合するのはACE2というタンパク質(アンギオテンシン・コンバーティング・エンザイム2=つまり血圧調節などに働いているアンギオテンシンというタンパク質を活性型に切断する酵素)です。糖鎖生物学の研究によると、ACE2と結合するとき、Sタンパク質は先ほど述べたプラス電荷の多い部分を利用して、さきほど述べたグリコサミノグリカン(プロテオグリカンなど)とも結合して感染が成立するそうです。
すなわち新型コロナウイルスの結合にはACE2とグリコサミノグリカン両方が必要とされています。興味深いことに、このグリコサミノグリカンとの結合配列ですが、以前流行したSARSやMERSではアミノ酸配列が異なっており、今回のウイルスほど結合力が強くなかったようです。SARSやMERSウイルスがグリコサミノグリカンと結合するという報告もなかったのではないでしょうか。

以上まとめると、Sタンパク質は体内のグリコサミノグリカンとよばれる糖鎖と強力に結合します。論文によるともっとも強固に結合するのは硫酸化されて強いマイナス電荷をおびているヘパリンだそうです。新型コロナウイルスが感染する血管の上皮細胞(血管内皮細胞)はプロテオグリカンに覆われていますし、肺もプロテオグリカンが豊富な器官です。新型コロナウイルス感染症が肺と血管の病気と言われる理由がこのへんにあるわけです。

そこで思いつくのは感染を阻害するにはSタンパク質に結合するグリコサミノグリカンを血中にいれてやるという治療法です。血中にはいったグリコサミノグリカンはウイルスのSタンパク質にべたべたとくっつくので、ウイルスの感染を阻害できるはずです。実際、ヘパリンを注射すると感染が阻害されることがわかっています。

ヘパリンは血液凝固阻害剤(ヘパリンはアンチトロンビンやその他の成分と結合して血液凝固を阻害するので血栓ができそうなときに予防と血栓溶解のためによく用いられます)として医療で日常的に利用されているグリコサミノグリカンで、5つの糖が並んだ糖鎖からなるヘパリンが普通に治療には使われているようです。ヘパリンはマスト細胞(肥満細胞)という免疫系の細胞が細胞質内に大量にたくわえている生理活性分子で、マスト細胞は他にヒスタミンや血小板活性化因子なども含んでいて、アレルギー反応に関与する重要な細胞です。この肥満細胞は肺に多いですし、肺にはプロテオグリカンも豊富です。肥満細胞の分泌するヘパリンは血栓の生成を抑えるはたらきが強いグリコサミノグリカンです。抗凝固作用はヘパリンが最強で、ヘパラン硫酸プロテオグリカンと呼ばれる一群のプロテオグリカンの抗凝固作用をしのぐ強さです。

以上の知識をもってワクチンについて考えてみましょう。
ワクチン接種でSタンパク質が体内にできると、三量体になってそれぞれがヘパリンあるいは体内の別のプロテオグリカン(たとえばヘパラン硫酸とかコンドロイチン硫酸)と結合するでしょう。可能性として考えられるのは、
1)これによってヘパリンやプロテオグリカンの体内での減少が引き起こされるかもしれません。ヘパリンへのSタンパク質の結合によって、ヘパリンの制御ネットワークが影響されて血栓につながる可能性はないでしょうか。
2)あるいは、Sタンパク質とヘパリン(あるいはその他のプロテオグリカン)の複合体に対して自己抗体ができたりする可能性も思いつきます。

ウイルス感染にともなっておこる血栓がワクチンでもおこっているとしたら、ワクチンの合成するSタンパク質を原因として疑うのは自然です。そのへんのところは、ちゃんと調べられているのでしょうか。専門家の方々に教えてもらいたいところです。

新型コロナウイルスは血管の内皮細胞(血管をつくっている上皮細胞を内皮細胞とよびます)を攻撃することが知られています。そして内皮細胞はびっしりと糖衣(とうい=グライコケイリックス)でおおわれており、糖衣の成分としてヘパラン硫酸などおプロテオグリカンが存在するのでこれとACE2 の複合体にウイルスがくっつくわけです。
一つ面白い論文を紹介します。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7347485/
この論文によるとSARS-COV-2のSタンパク質は以前流行したSARSやMERSウイルスよりもはるかに強くヘパリンと結合するそうです。肺にはヘパラン硫酸やコンドロイチン硫酸が豊富に存在し、ウイルスがこれらと結合する可能性は高いそうです。さらに肺には多量のmast cellが存在しており、この細胞は上で述べたように大量のヘパリンをふくんでいます。ヘパリンはヘパラン硫酸やコンドロイチン硫酸よりも強くS タンパクに結合することもわかっています。要するに新型コロナウイルスのSタンパク質の単量体や三量体は、従来のコロナウイルスよりはるかに強くヘパリンやその他のグリコサミノグリカンに結合するのです。また興味深いことに肺ではSARS-COV-2のレセプターであるACE2タンパク質の発現は極めて少ないとされています。肺での感染には肺の細胞表面に存在しているグリコサミノグリカンが、ACE2よりもさらに大きく感染に関与しているのかもしれません。

Sタンパク質がグリコサミノグリカンに結合するための結合領域は、次の配列です。The SGP contains three putative GAG-binding motifs with the following sequences: 453–459 (YRLFRKS), 681–686 (PRRARS), and 810–816 (SKPSKRS), which we define as sites 1, 2, and 3, respectively.
これは以下の論文(下のリンクから無料ダウンロード可能です)からの引用です。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7347485/

おすすめの動画サイト  Yobinoriを紹介します

教育系YouTuberで有名なYobinoriというのをご存知ですか。
予備校のノリで学ぶ「大学の数学・物理」というサイトです。
https://yobinori.jp/
大変わかりやすく数学、物理を中心としたトピックスを解説しているサイトです。動画一覧のリンクも紹介しますので興味がある方はご覧になるとよいでしょう。
https://yobinori.jp/video.html
大学レベルと高校レベルの動画が満載です。
おすすめの参考書や書籍の紹介というのもよさそうです。
https://yobinori.jp/review.html
ヨビノリたくみという、twitterもあります。

https://twitter.com/Yobinori
YouTubeのチャンネルはこちらです。

https://www.youtube.com/c/yobinori
最近話題になった私達の銀河中心にあるブラックホールの観測についての必見の動画を紹介しておきます。こんな学術対談もあるのを初めて知りました。

https://youtu.be/pfCIo4a8L5s

はやぶさ2の持ち帰った小惑星サンプルから20種以上のアミノ酸が検出されたそうです!

暗いニュースばかりのこの頃でしたが、今日、はやぶさ2の持ち帰った小惑星リュウグウの砂から20種類以上のアミノ酸が検出されたと言う報道をNHKニュースでみました。
新聞はとっていないのでさっそくネットで朝日新聞を確認しました。さわりだけ読める有料記事…。でも無料公開されているさわりの部分によると、グリシンやイソロイシン、バリン、グルタミン酸などもみつかっているようですね。小惑星にアミノ酸がみつかったのははじめてだそうで、画期的な発見です。石質隕石で見つかっている糖もあるのではないかと思います。そして糖鎖もみつかるのではないでしょうか。欲を言えば、Fred Hoyleの唱えていたようなバクテリアなども見つかるといいのですが。近く論文発表されるとかで、とても楽しみです。
リンクははやぶさ2のサンプルの写真ののっているページです。上の写真もこのJAXAのサイトに載っています。
https://www.hayabusa2.jaxa.jp/topics/20201225_samples/index.html

石原さとみ さん主演のドラマ「アンナチュラル」をみました

コロナの流行が蔓延する直前の年末、地上波テレビで石原さとみさん主演のドラマ 「アンナチュラル」の一挙放送があったので録画しました。ドラマ「パズル」で怪演されていた石原さとみさんのドラマなので楽しみに録画しました。その第一回は後で思えばコロナ騒ぎを先取りした内容でした。このドラマで不審死の解明のカギになるのは、遺体や死者のサンプルの保存でした。最終回もそれで犯人が追いつめられるという展開で、どの回も面白いドラマでまだ見ていない方にはおすすめします。このドラマはワクチン接種後の死亡や副反応・副作用について深く考えさせてくれるドラマでもあります。新型コロナのワクチンについてはこのブログでも何度か取り上げました。パブリックコメントにも書きましたのでその一部を転載しておきます。

「ワクチン接種を努力義務にする場合、ワクチンで傷害や死亡事象が発生したときの補償体制を構築する必要があります。具体的には、副作用や死亡が発生した場合、遺族や家族、本人や主治医等からの申し入れによって、ワクチン接種との因果関係を後々明らかにするためのサンプルの保存と解析体制が構築されていなくてはなりません。たとえば、本当にワクチン接種の後、Sタンパク質に対する抗体価が上昇していたか。ヘパリン等に対する自己抗体が産生されていなかったか、血栓形成部位にどのような抗体が存在していたか、ワクチンmRNAは接種部位を越えてどのような組織、器官、細胞に存在したかあるいはしなかったか。そしてワクチンの副作用がでる人と出ない人がある(ペニシリンショックなどのように)理由を事後でもしかたないので調べるために、血栓や炎症部位の細胞のRNA-Seqと患者ゲノム配列解析用サンプルの採取、炎症部位、血栓等の形成部位の組織標本の保存などが求められます。このような「因果関係」調査のためのサンプリングなしに被害者が火葬されてしまうという現状では、本当に因果関係のない場合を含めて訴訟が起こる可能性があります。その場合、裁判や賠償が科学的試料に基づいて行われることがないため、大いなる税金の無駄遣いが起こると思われます。」

最近の新型コロナウイルスワクチンの副反応についてはこちらをご覧ください。
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_19142.html
その中の資料の一例を下にあげておきます。
https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000790032.pdf

子宮頸がんワクチンの接種も再開されそうですが、再開にあたっては、副作用がおこったときに因果関係を調べられるような十分な体制を作ることが必須であると思っています。

私の体験した不思議な話

不思議な話その2
今日は勉強の話はやめて不思議な話をすることにします。

5月6日の記事では、母から聞いた不思議な話について書きました。今日は私と奥さんの二人が体験した不思議な話です。
大阪四ツ橋にあった電気科学館の思い出です。1989年に閉館して今は大阪市立科学館に引き継がれているそうです。
https://www.sci-museum.jp/about/history/denki_kagakukan/
私がまだ幼稚園か小学校1,2年だった頃、母にせがんで大阪の電気科学館に連れて行ってもらいました。プラネタリウムを生まれて初めて見て大興奮。その後は階下の科学や電気関係の展示を見て回って、いろいろ遊んで楽しかったです。お土産を選ぶのもわくわくでした。天体望遠鏡に興味をもったのもこのころのことです。

私が大学生の時、デートでこの大阪の電気科学館に遊びにいきました。今の奥さんと二人でプラネタリウムを見た後、展示物をみて遊んでいたのですが、彼女が階の上のほうの踊り場を指さして、「あ!野村君がいるやん!」というのです。見上げてみると、当時にはふさわしくないレトロな和服の中年の女性につれられてレトロな洋服をきた小学校一年くらいの男の子が楽しそうに展示物の間を走り回っていました。昔、電気化学館に連れてきてもらったとき、母は着物で、私はちょうどその子と同じような服装でした。男の子はアルバムに残っている私の子供の時の写真にそっくりでした。その二人はすぐどこかに行ってしまいましたが、まるで過去の風景をまざまざとみているような気持に襲われたのを覚えています。一人ではなく二人で見たので、今でもあれはなんだったのかと二人で時々思い出します。当時私の母はすでに亡くなっていたので、奥さんは母に会ったことはないのですが、一目で私と私の母だと直観したそうです。大林宣彦監督の映画に「はるか、ノスタルジィ」という作品がありました。あんな映画や小説があるくらいですから、似たような経験をした人もいるのかもしれませんね。
今日のリンクはComputation Resources for Molecular Biology というJournal of Molecular Biologyという由緒ある雑誌の特集号です。Open accessの記事が多いので興味のある記事を読むとよいと思います。コンピュータでの実験結果のバイオインフォマティクス解析をやりたい人には大いに参考になる特集号だと思います。
https://www.sciencedirect.com/journal/journal-of-molecular-biology/vol/434/issue/11

Glycobioinformaticsの動画を紹介します―NIH videocastです

昨日は糖鎖生物学へのバイオインフォマティクスの応用Glycobioinformaticsについて書かれた、創価大学の細田 正恵 先生と木下 聖子 先生が書かれた日本語の総説を紹介しました。日本の研究については先生がたの総説を手掛かりに、GlyCosmos Portal https://glycosmos.org/ などからいろいろたどっていくことができますので、後日紹介します。

今日はこの季節、例年恒例行事となっている、NIH videocastのGlycobiology関係のシンポジュウムの紹介です。今年の4月26日から2日にわたって行われた講演会で、NCBI, EMBL-EBI, UniProt, PDB, CAZy, Gene Ontology などのデータベースを使っているが、糖鎖生物学が専門でない人向けに行われたGlycobioinformaticsについてのおすすめの講演会です。是非ご覧ください。どちらのビデオも+Moreと書かれている部分をクリックするとダウンロードリンクが出てきますのでダウンロード可能です。超高画質でダウンロードできますので、ダウンロードしてゆっくりご覧になるのをお勧めします。Caption textもダウンロードできますので、字幕付きでダウンロードした動画をみることもできます。
Glyco-Informatics at the Interface of Disease and Data – Day 1
https://videocast.nih.gov/watch=45185

詳しいプログラムこちらにあります。
https://mregs.nih.gov/nigms/a5lb-d131
Glyco-Informatics at the Interface of Disease and Data (Day 2)
https://videocast.nih.gov/watch=45187

「糖鎖関連インフォマティクスへの入り口」という総説がでています。おすすめです!

糖鎖生物学の有用なリンクを紹介します。「糖鎖関連インフォマティクスへの入り口」という題の総説が、JSBi Bioinformatics Reviewというオープンアクセスの総説誌にでていて誰でも読めます。糖鎖配列をデータベースで扱う時の表記法なども詳しく解説されていますので、糖鎖に関心のある方には必須の知識が学べる良い総説です。是非読んでみてください。https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsbibr/2/1/2_jsbibr.2021.10/_html/-char/ja
この総説誌は 特定非営利活動法人 日本バイオインフォマティクス学会 https://www.jsbi.org/が発行しているもので、糖鎖に限らずバイオインフォマティクス一般の興味深い総説が掲載されているのでおすすめです。

新型コロナウイルスSARS-CoV-2の最新の動画です

今日は新型コロナウイルスの動画を紹介します。
https://videocast.nih.gov/Summary.asp?file=32427

NIH Videocastの動画でYouTube版はまだ公開されていません。ウイルス研究で有名な河岡 義裕 先生(東大特任教授でウイスコンシン大学Madison校教授)が新型コロナウイルスの動物モデルについて講演された動画です。ccボタンを押すと字幕が表示されますし、字幕をダウンロードできますので、是非ご覧ください。

講演はどんな実験動物に感染するのかという話からはじまります。マーモセットやマウスは武漢株に感染せず、なんとハムスターとネコに感染することがわかったのだそうです。ネコはヒトから感染しますし、他の同居ネコにも感染させます。ネコは感染しても全く無症状だそうです。ハムスターは肺の症状が人間とそっくりだそうで役立つ動物モデルだそうです。講演内容の要旨は以下のとおりです。
Severe acute respiratory syndrome coronavirus 2 (SARS-CoV-2), which is responsible for COVID-19, continues to spread around the world and has caused millions of deaths to date. In an effort to develop therapeutics and preventive measures, we are performing numerous research projects with this virus and its variants. In this presentation, I will discuss our findings regarding animal models and their value as tools for evaluating countermeasures against SARS-CoV-2.
以下のリンクにある新型コロナウイルスについての講演シリーズの最新版で、5月26日現地時間の講演の動画です。https://www.niaid.nih.gov/research/covid-19-sig-lecture-series
私が別の仕事で共同研究している先生はハムスターを使って新型コロナウイルスの研究をされていますが、これがとても良い実験動物だということが納得できました。

宮澤賢治の有機交流電燈とは?

宮澤賢治の詩集「春と修羅」(大正13年1924年1月20日発行)には印象深い詩がいろいろのっています。最初のページ(序)はこんな風にはじまります。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/979415/3

わたくしといふ現象は
假定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといっしょに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち、その電燈は失はれ)

これらは二十二箇月の
過去とかんずる方角から
紙と鑛質インクをつらね
(すべてわたくしと明滅し
 みんなが同時に感ずるもの)
ここまでたもちつゞけられた
かげとひかりのひとくさりづつ
そのとほりの心象スケッチです

https://web.archive.org/web/20160325205750/http://why.kenji.ne.jp/haruto_f.html

だいぶ前になりますが、論文を読んでいる時、哺乳類のほとんどすべての遺伝子の発現はサーカディアンリズムによる日周変動をしているという論文をみつけました。そしてその発現変動を電気の交流回路になぞらえて説明しているのを読んで、賢治のこの詩を思い出して驚いたのを覚えています。その論文(下のリンクの一番下の論文)のとおりだとしたら、私達はたしかに有機交流電燈で、遺伝子の発現は交流を記述する理論のような遺伝子回路に従って、増えたり減ったり、つまり明るくなったり暗くなったりしているのです。私達の体は様々な遺伝子が細胞内でせわしく明滅している有機交電燈の集積なのかもしれません。賢治の詩人と科学者としての洞察あるいは直観の鋭さに驚かされます。下の詩も私の好きな詩です。ここより画像を引用しております。
関連する遺伝子発現変動の論文のリンクを三つあげておきます。
https://europepmc.org/article/pmc/5836834

https://www.tandfonline.com/doi/pdf/10.3109/07853890.2010.538078?needAccess=true
https://journals.plos.org/ploscompbiol/article?id=10.1371/journal.pcbi.0030120

原子論と般若心経 (1)

手元にあるファインマン物理学の日本語版第1巻(岩波書店)にノーベル賞物理学者のファインマンさんの以下の言葉が書かれています。
「もしもいま何か大異変が起こって,科学的知識が全部なくなってしまい,たった一つの文章だけしか次の時代の生物に伝えられないということになったとしたら,最小の語数で最大の情報を与えるのはどんなことだろうか.私の考えでは,それは原子仮説(原子事実,その他,好きな名前でよんでよい)だろうと思う . すなわち,すべてのものはアトム一一永久に動きまわっている小さな粒で,近い距離では互いに引きあうが,あまり近付くと互いに反揺するーーからできている,というのである.これに少レ洞察と思考とを加えるならば,この文の中に,我々の自然界に関して実に露大な情報量が含まれていることがわかる」
原文はこんな感じです。(ファインマン物理学オンライン版https://www.feynmanlectures.caltech.edu/より)
1–2 Matter is made of atoms
If, in some cataclysm, all of scientific knowledge were to be destroyed, and only one sentence passed on to the next generations of creatures, what statement would contain the most information in the fewest words? I believe it is the atomic hypothesis (or the atomic fact, or whatever you wish to call it) that all things are made of atoms—little particles that move around in perpetual motion, attracting each other when they are a little distance apart, but repelling upon being squeezed into one another. In that one sentence, you will see, there is an enormous amount of information about the world, if just a little imagination and thinking are applied.
https://www.feynmanlectures.caltech.edu/I_01.html#Ch1-S1).

原子論といえばルクレチウスやデモクリトスを思い起こしますが、古代インドの古い文献にも原子論のことが書かれているそうです。 以下の日本語の論文をみつけました。
「インドの自然観 ヴァイシェーシカ学派の自然観-インド多元実在論哲学の自然観」
というタイトルの、野沢正信という先生の論文です。今西順吉編著『インド的自然観の研究』(国際仏教学大学大学院、1999年)所収の論文をほぼ採録したものである。とのことです。https://user.numazu-ct.ac.jp/~nozawa/c/contents.htm
古代のインドでも原子論がとなえられていたというのは確かのようです。ヴァイシェーシカ・スートラとよばれる文献がこの学派の基本経典だそうですが、原子論の成立年代については紀元前6世紀から紀元2世紀までの説があって決着はついていないようです。ブッダより古いヒンズー経の経典であるともいわれているそうです。もしそうなら、古代インドとギリシャとは交流があったと思われますので、ギリシャの原子論はインドの原子論に影響されたものかもしれません。また逆にギリシャの原子論がインドの原子論に影響を与えたのかもしれません。WikipediaのVaisheshikaの項目の英語版https://en.wikipedia.org/wiki/Vaisheshika には、この経典の英語版などへのリンクがありますので興味がある方はご覧ください。)
ヴァイシェーシカ学派の原子論では、地・水・火・風が、自然界の全物質を構成し、その究極の姿は原子であると考えていたそうです。またエーテルに相当するもの (虚空)も実体の構成要素と考えていたそうで、ギリシャ哲学のエーテルから逆にインド哲学の虚空の意味がわかるかもしれません。つまり般若心経の「空」というのは、ギリシャ哲学のエーテルそのものではないかということです。そう考えると、なにやらわけのわからない「空」について書かれている、般若心経のすべての文言がすとんとわかった気になってしまいます。これは私の考えではなくて、昔読んだ本の受け売りです。「化学者槌田龍太郎の意見」(化学同人 発行)の「般若心経」という章に書かれている大阪大学教授をつとめておられた槌田龍太郎先生のお考えです。先生の原子論と般若心経についての論説はとても説得力があると感じています。(この項続く)