量子生物学の核スピン効果についての厳密な実験の動画がでていて面白そうです!

量子生物学の動画で面白いものがありました。Geminiに解説してもらったものを交えて紹介します。最後のQ&Aでは Stuart HameroffとRoger Penroseの「Orch OR理論(統合情報理論)」や、治部・保江が提唱した「量子脳力学(微小管内の水分子の電磁場コヒーレンス)」との関連に関する話もでてきています。

Biology at the Quantum Scale | A Presentation by Dr. Travis Craddock
https://youtu.be/qEsvgVEXCW8

鳥の渡り(クリプトクロムというタンパク質によるスピンを介した量子生物学的効果で鳥が磁気を視ることができて渡りに利用しているという有力な説)に関わる磁気受容などの話題は耳にしても、ミリテスラ以下の弱磁場が生体分子に影響を与えるという主張には、「室温の熱ゆらぎエネルギー(kT)の壁をどうやって乗り越えるのか?」と胡散臭さを感じるのが、古典的・熱力学的な物理法則を熟知した生物物理学者の自然な反応です。この動画の演者であるウォータールー大学のTravis Craddock博士は、まさにその「kT問題の壁」を、外部磁場だけでなく「同位体の核スピン」という内部パラメーターを用いて突破しようとする、非常に厳密で検証可能な実験を行なっています。この動画では、スピンを生物が利用しているとされる例を、鳥の渡り、プラナリアの再生などから詳しく解説しており、勉強になります。さらに

1)弱磁場効果に対する熱やpHに起因する「アーティファクトの疑念」をどう晴らすかについての解説が続きます:

量子生物学において、弱磁場(地磁気〜数ミリテスラ)を加えて細胞の挙動(活性酸素種ROSの発生量やプランナリアの再生速度など)が変わったという報告は多数あります。 しかし、これらは「実験セットアップに起因する熱やpHのアーティファクトではないか?」という批判が常につきまといます。そこでCraddock博士が決定打として導入したのが上に述べた「同位体効果(Isotope Effect)」です。化学的な性質(電子配置)は全く同じであるにもかかわらず、リチウム(Li-6 / Li-7)やキセノン麻酔薬の同位体の違いによって、動物の行動や麻酔の効き目に明確な差が出ることが近年報告されています。博士はこれを質量による「速度論的同位体効果(Kinetic Isotope Effect)」ではなく、純粋な「核スピン」によるラジカル対機構(RPM)の変調として証明しようと試みています。

2) 完璧な対照実験となる「マグネシウム同位体」

Craddock博士の真骨頂は、神経系において極めて重要な役割を果たす微小管(Microtubules)の重合プロセスと、その触媒として働くマグネシウム(Mg)を用いた実験デザインにあります 。マグネシウムには3つの安定同位体Mg-24、25、26が存在します。質量数24のものが自然界では80%ほどを占め、25と26はそれぞれ10%ほど存在しているそうです。核スピンは24と26がゼロで、25が5/2です。もし同位体による挙動の違いが単なる「質量の差」に由来するならば、Mg-24、25、26と質量が増えるに従って連続的な変化が見られるはずです。しかし、もし中間の質量であるMg-25の条件でのみ特異な反応が起きれば、それは質量の効果を完全に排除した「核スピン(5/2)」によるスピンダイナミクスであると強力に結論づけることができます。

3) チューブリン重合におけるGTP加水分解とスピンの相互作用
チューブリンダイマーが重合して微小管を形成する際、末端のβ-チューブリン上のGTPがGDPへと加水分解されます。この時、Mgイオンがリン酸基に配位結合し、加水分解反応をアシストします 。博士の研究チームは、純度99.7%以上のMg-24、Mg-25、Mg-26のバッファーをそれぞれ精製し、地磁気下および弱磁場(3mT)下でのチューブリンの重合量を光学濃度(OD)で比較しました。

【実験結果】 外部磁場がない(地磁気レベル)場合、どの同位体でも重合量に有意差はなかった。
「Mg-25」かつ「3mTの弱磁場」を加えた条件でのみ、チューブリンの重合量が劇的に増加した。(スピンを持たないMg-24, Mg-26では磁場をかけても変化なし)

この結果は、カルガリー大学のChristoph Simonらのグループが構築した「Mgの核スピンが介在するラジカル対機構の理論モデル(リウヴィル超演算子を用いた三重項収率予測)」のシミュレーションカーブと見事に一致したそうです。

4) 生物物理学としての到達点

これまで「熱ノイズに掻き消されるはずだ」と一蹴されがちだった量子生物学ですが、Craddock博士のアプローチは、スピンを持たない同位体をネガティブコントロールとして完璧に機能させることで、熱力学的なノイズの向こう側にある純粋なスピン・カップリング効果を抽出しています。微小管の動態変化は、神経細胞の形態形成やシナプス可塑性、さらには神経変性疾患に直結します。単なる「オカルト的な量子現象」ではなく、GTP加水分解という生化学の根幹において量子スピン効果が機能構造を制御しているという、非常にハードで検証可能な生物物理学の領域に入りつつあることを示す講演内容となっています。