昨日紹介したPaper Renamerですが私のChromeでは動きませんでした。原因はChrome 機能拡張のGlaspとの衝突でした。Glaspを停止すると動きます。Paper Renamerが動かない場合は、他の機能拡張との衝突の可能性をチェックしてみてください。(昨日の記事にもその旨追記しました。)
さて、今日は量子力学の形成史のエピソードです。昔、次の本(国立国会図書館デジタルコレクションの個人送信サービスで読めます)を読んだとき、巻末の訳者あとがきに面白いことが書いてあったのを思い出しました。伊藤大介先生のあとがきを引用します。
フランシス・ビター 著 ほか『自然を解く数学 : 物理学はいかにして完成されたか』,河出書房新社,1969. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/12609254 (参照 2026-06-04) あるいはこちらでも読めます。https://dl.ndl.go.jp/pid/12592219
あとがきへの直リンクの以下のリンクをご覧ください。
https://dl.ndl.go.jp/pid/12609254/1/94
あとがきの面白いエピソードの書いてある部分を引用します:
『シュレーディンガーと言えば、波動力学を完成した数学の神様のような人だと思うのだが、彼が水素原子のシュレーディンガー方程式を出したとき、これを完全に解くには、数学者ワイルの助けを借りたといっている。ハイゼンベルクが対応原理の糸をたぐってマトリックス力学を発見したとき、御自身は数学にマトリックスというものがあることは御存じなかったと告白している。マトリックス力学を実際問題に応用する段になったが、マトリックスなるものはなにしろ当時の物理にはない取扱いに困った代物なので、ハイゼンベルクらは数学者ヒルベルトに意見をもとめたところ、ヒルベルトは「固有値問題は微分方程式の問題によく出てくるものだから、あなた方のマトリックス理論を微分方程式の問題になおしてごらんなさい」と助言したそうだが、不連続な量子現象を連続を基礎とする微分方程式とは見当ちがいとでも思ったか、ハイゼンベルクらはこれを黙殺したらしい。座標を対角線マトリックスにする表示で運動量を微分演算子でおきかえれば、マトリックスの固有値問題は微分方程式の固有問題になり、解きやすくなるという、今はどの教科書にもかいてある例の話を示唆するアイディアで、これがシュレーディンガーが発見した波動力学に結びつくはずだった。あとでヒルベルトは「彼等があのときわしのいうことをきいておれば、シュレーディンガーより半年早く波動力学をみつけていたはずじゃ」と笑ったという誰かの打ちあけ話を「フィジックス・トゥデー」かどこかで読んだが、いまそのナンバーを思い出せないので確かでない。』
ボルンとハイゼンベルクが、波動力学を発見しそこなったというエピソードです。Gemini 3 proに上の引用文をプロンプトに入れて、文献を探してもらうと一瞬で、以下の文献だと教えてくれました。
Physics Today
60 years of quantum physics
OCT 01, 1962 DOI: 10.1063/1.3057797
Edward U. Condon著
https://physicstoday.aip.org/features/60-years-of-quantum-physics
このエピソードは、コンドンの記事のPhysics Todayのpdfを見ると、雑誌の46ページ右段にあります。
該当部分を要約するとこんな内容が書いてありました。
『ボルンとハイゼンベルクが「行列(マトリックス)」の数学的な扱いに困り、当時ゲッティンゲンの数学の権威であったヒルベルトに相談に行きました。
ヒルベルトは「私がこれまで行列を扱ったのは、微分方程式の境界値問題における固有値の副産物として現れたときだけだ。だから、その行列を持つような微分方程式を探せば、もっとうまく計算できるはずだ」と助言しました。
しかし、物理学者である彼らは「この数学者は物理をわかっていない、馬鹿げたアイデアだ」と考え、その助言を無視しました。
その後、シュレーディンガーがまさに微分方程式に基づく「波動力学」を発表したため、ヒルベルトは「もし彼らが私の言葉にもう少し耳を傾けていれば、シュレーディンガーよりも半年早く波動力学を発見できただろうに」と、後になって二人を大いにからかって楽しんでいたそうです。』
コンドンはアメリカの物理学者。ボルンやヒルベルトがいたゲッチンゲン大学で、ボルンのもとで研究していた人です。原子爆弾の開発にもかかわっていましたが、原子力の民間による管理をとなえたりした道徳的にすぐれた人でした。後のアメリカ物理学会会長でもあります。第二次世界大戦後の赤狩りにあって、ソ連のスパイネットワークに参加しているという嫌疑をかけられたりしましたが、アインシュタインを含む多数の物理学者やトルーマン大統領などが彼を助けたようです。UFOの調査をしたコンドンレポートも有名ですね。
ヒルベルトが笑った話は、次の本にも載っています。これもデジタルコレクションの個人送信資料で読めます。
C.リード 著 ほか『ヒルベルト : 現代数学の巨峰』,岩波書店,1972. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/12224237 (参照 2026-06-04)
該当箇所へのリンクも載せておきます。343ページです。
https://dl.ndl.go.jp/pid/12224237/1/187
最後に伊藤大介先生の他の本で、デジタルコレクションで読めるものをリストしておきます。どちらも以前、このブログで紹介しました:
・伊藤大介 編著『追想朝永振一郎』,中央公論社,1981.8. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/12225593 (参照 2026-06-04) 伊藤先生は朝永先生のお弟子さんなので朝永先生が亡くなった後、追想録を編集されています。
・伊藤大介 著『量子力学の考え方』,河出書房新社,1971. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/12592589 (参照 2026-06-04) これはわかりやすい本で私のおすすめです。