快刀 切断す 両頭の蛇 ―夏目漱石の漢詩について―

今日はふと、漱石の漢詩のことを思い出しました。両頭の蛇についての漢詩です。
   快刀切断両頭蛇  
  不顧人間笑語譁  
  黄土千秋埋得失  
  蒼天万古照賢邪  
  微風易砕水中月  
  片雨難留枝上花  
  大酔醒来寒徹骨  
  余生養得在山家
読み下し文はこうなります。

    快刀 切断す 両頭の蛇
    顧りみず 人間(にんげん) 笑語譁(かまびす)すしきを
    黄土 千秋 得失を埋ずめ
    蒼天 万古 賢邪を照らす
    微風 砕き易し 水中の月
    片雨 留め難し 枝上の花
    大酔 醒め来りて 寒さ骨に徹し
    余生 養い得て 山家に在り

これは漱石が東京を去って、四国の松山中学校に教師として赴任してひと月くらいの頃に作って、入院中の畏友正岡子規あての手紙(明治28年5月28日の書簡)に書いた漢詩です。作品「坊ちゃん」のもとになる体験をした四国生活ですが、その際の覚悟を詠んだ漢詩とされています。
漱石の漢詩を高く評価し、岩波新書の「漱石詩註」を書かれた吉川幸次郎先生によると、漱石の漢詩の語法は正確で中国人で激賞するものがあるほどだそうです。語学の天才と言われる漱石の面目躍如たる漢詩です。吉川先生によると漱石の漢詩は、漱石の文学において大きな比重を占めており、おそらく漱石の俳句よりも大きな比重を占めているのだそうです。この漢詩の最初にある両頭の蛇は次の故事をもとにしています。

“楚の孫叔敖(そんしゅくごう)が子供の時、両頭の蛇を見た。それを見たものは死ぬという言い伝えがある。自らの死を覚悟するとともに、あとから来たものが再び見るといけないと思い、蛇を殺して埋め、泣きながら家に帰ると母は言った。「憂うる無かれ。汝は死せず。吾聞く、陰徳有るものは、必ず陽報有りと。」のち果たして、楚国の宰相となった。先生の理想もまた後人のために、いろんな両頭の蛇を、切断し、葬り去ることにあった。その結果として、いろいろと批評されるのは、顧慮すまい、というのが次の句の不顧人間笑語譁である。なおここにある人間というのは、俗人の世界、世間というにひとしい、とのことです。“ (漱石詩註 岩波新書 p17-18より一部改変して引用)

この話の原典は以下などで知ることができます。
https://hokkyodai.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=8853&item_no=1&attribute_id=13&file_no=1

孫叔敖(そんしゅくごう)嬰児(えいじ)たりし時、出遊して両頭の蛇を見、殺して之を埋む。帰りて泣く。其の母其の故を問ふ。叔敖対へて曰はく、 「聞く、 『両頭の蛇を見た者は死す。 』と。嚮者(さき)に吾之を見れば、母を去りて死するを恐るるなり。 」と。其の母曰はく、 「蛇今安くんにか在る。 」と。曰はく、 「他人の又見んことを恐れ、殺して之を埋む。 」と。其の母曰く、 「吾」聞く、 『陰徳ある者は、天報ゆるに福を以てす。 』と。汝死せざらん。 」と。長ずるに及びて楚の令尹(れいいん)と為る。未だ治めずして国人其の仁を信ぜり。 『新序』より。

皆さんも人生で、両頭の蛇を切断する機会がきっとあると思います。その際には、なぜか忘れがたい この漢詩と故事を思い出してがんばってください。