記憶をRNAで移植できるという実験について

記憶がRNAで移植できるという実験がいくつも報告されているので簡単に紹介しておきます。

昔、プラナリアに光をあててその直後に電気ショックを与えるプロセスを繰り返すと、プラナリアが光をあてるだけで体を縮めるようになるという実験をしていた科学者がいました。そのトレーニングをつんだプラナリアを餌にして別のプラナリアに食べさせると、たべたプラナリアが光をあてると体を縮めるようになったそうです。この実験での記憶の伝達はRNAを介して起こっているのだという説が展開されて、皆の興味をかきたてたのです。James V. McConnell(1925-1990)という科学者が、1959年に発表した論文では、プラナリアを頭と胴にきりわけて再生させる実験で記憶の移動が起こることを示していました。プラナリアに光をあてて電気ショックをすぐ与えると、プラナリアは体を縮めます。この光と電気ショックを繰り返し与えるトレーニングをつむと、プラナリアは長期記憶LTSをもつようになり、光をあてるだけで電気ショックなしで体を縮めるようになるそうです。このLTSをもっているプラナリアを頭と、胴にきりわけます。頭だけのプラナリアは、胴も再生して完全な個体にもどります。胴だけのほうからは頭が再生して、こちらも完全な個体にもどります。どちらのプラナリアも、光を当てると体を縮めます。プラナリアの次の世代に記憶が伝わったことを示している実験で世界に衝撃をあたえた実験です。彼は、記憶分子があると考えてそれがRNAだと推定していました。後の1962年の実験では、上の実験で教育されたプラナリアを切り刻んで、未教育のプラナリアの餌にしました。すると餌をたべたプラナリアは、光に対して体を縮めるようになったというわけです。記憶の伝達にRNAがかかわっているという説をMcConnellはたてました。私も高校生のころ本で読んだのですが、RNAは不安定な物質なので食べたRNAが記憶の伝達にかかわっていることは考えにくいという声が大きくて、再現性もないとかでこの説は1970年代になるとやがて注目されなくなりました。
1959年の実験、何年か前に再現実験がおこなわれてなんと見事に再現に成功しています。このブログでもたびたび登場するLevin教授のグループが論文を書いています。さらにカリフォルニア大学のロサンジェルス分校のDavid L. Glanzman教授は、アメフラシでのRNAによる記憶の移植実験に成功してこれも論文になっています。https://www.eneuro.org/content/5/3/ENEURO.0038-18.2018
教授によるとトレーニングしたアメフラシの脳からとったRNAをトレーニングしていないアメフラシに注射すると、記憶が移せるのだそうです。この記憶の移動にはDNAのメチル化がかかわっていることも明らかにしています。さらにプリンストン大学のColeen T. Murphy教授は、線虫C. elegansで病原性バクテリアを忌避する記憶がP11というnoncoding RNAを介して伝えられていることを明らかにしています。この三名の方の講演が以下にありますのでご覧ください。
https://youtu.be/IFRvMvSdYzE

RNAは不安定でというのはよく聴く話ですが、線虫のRNAiでは二重鎖RNAを食べさせると線虫の遺伝子機能が全身で阻害されることが今では知られています。自然は人間の考えているよりもっと深いもののようで、今回紹介したRNAによる記憶移植実験の歴史は、人間の上から目線の断定が医学や生命科学の分野では失敗する(あるいは科学の発展を阻害する)よい例になっていると思います。