岡潔に大きな影響をあたえた数学の本―ポアンカレの「科学の価値」など

今日はこの写真(註1)を紹介します。

これは日本の有名な数学者 岡潔があちこちで語り、いろんなところで書き遺しているフランスの数学者エルミートの中年の肖像写真です。エルミートというのは物理学ではエルミート演算子というのでおなじみです。以下は岡潔の曙(講談社現代新書 絶版)という本からの引用ですが、同じ話は現在容易に入手できる「一葉舟」などにものっていますのでご覧ください。私がはじめてこの話を聞いたのは高校生のとき、NHKのラジオFMでやっていた岡潔さんと秋月康夫さんお二人の対談の中でした。テープレコーダーに録音して何度も聞いていたのを思い出します。

フランスの数学者アンリ ポアンカレは、微分方程式論やトポロジー、三体問題、ポアンカレ予想、カオス発見のさきがけ、など様々な偉大な業績を残し、さらにポアンカレ変換が相対性理論ででてくることからわかるように、アインシュタインがいなくても特殊相対性理論は彼が発見したであろうといわれる偉大な科学者です。多くの随筆を書いていて、岡潔はそのなかの「科学の価値」(註2)という本を読みその中の以下の言葉が深く印象に残ったと書いています。
「エルミットの語るや、如何なる抽象的概念もなお生けるが如くであった」
エルミートは、ポアンカレの先生です。「科学の価値」という本のなかで、ポアンカレはこんなことを書いています。
「其反対にフェリックス・クライン(Felix Klein) を考えると、彼は函数論の最も抽象的な問題の一つを研究した。即ち一の与えられたリーマン面に、与えられた特異性を有する所の函数が常に存在するかという問題である。さて此有名なドイツの幾何学者は如何にしたであろうか。彼はリーマン面に置換えるに電導率が一定の法則に従って変化するごと如き金属面を以てし、其二つの極を連結するに電池の両極を以てした。かくして彼は電流が之に通じなければならぬ事、其電流の面に分配され方が問題に要求せられた特異性をまさに持つ所の函数を定義する事を述べたのである。もちろん勿論クラインは之を以て彼がただ概観の見取を為したに過ぎないことをよく知って居た。其にもかかわらず彼は之を発表するに躊躇せず、又厳密なる証明でないにせよ、之によって彼は一種感情上確実と思わしめるものを発見したと信じたごと如く思われる。しかるにもし此が論理家であったならば、かような考は嫌悪排斥したであろう、否むしろ排斥するどころか かような考を起すことが無かったであろう。」(田辺元訳 「科学の価値」より引用)この後、ポアンカレはベルトランとエルミートを比較して論じているのですが、この文章に刺激をうけて岡潔や秋月康夫はクライン全集を丸善にいって買って帰ってきてその論文を読んだそうです。以下は岡潔の上記の本からの引用です。
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「エルミットの語るや、如何なる抽象的概念もなお生けるが如くであった」

この言葉も深く私の印象に残った。

これは後の話であるが、私が大学二年(京大数学科)のとき、秋月(康夫、群馬大学学長)は(同じ 科の)一年だった。そのとき丸善へクライン全集が来た。私達は三卷とも買って帰って、ポア ンカレがいった論文だけ読んだ。三十ページほどのごく短いものである。

暫く経つと丸善へエルミット全集が来た。前のはドィツ語だったからまだしもよかったが、 今度はフランス語だから私達は全く読めない。然し各卷の初めにエルミットの肖像がある。それで私達はまた三巻とも買って帰った。その第二巻の巻頭のものは中年のエルミットの読書姿態である。それを見ていると、なんだかポアンカレの言葉がわかって来るような気がする。

秋月はそれを切り抜いて、額に入れて机の上に立てた。それを見て化学二年の、哲学の西田先生の息子の外彦君まで、一人で丸善へ行ってエルミット全集三巻を買って帰って、その肖像 を切り抜いて、机の上に立てた。

頭頂葉に理想を掲げるとは、こうすることである。
======================================最初に載せた写真は、秋月さんが買って帰って切り抜いて額にいれて机の上にたてた、そのエルミート全集第2巻の写真です。岡潔の著作のあちこちで紹介されているエピソードですが、写真をご覧になった方は少ないかと思い、ブログにのせておくことにしました。

下はエルミート全集第1巻の肖像です。「若いころの目はまさしく詩人の目をしている」(一葉舟)と岡潔が書いている写真です。写真はどちらも九州大学図書館からダウンロードしました(注1参照)

註1:この最初の写真は九州大学図書館の貴重図書のページでHermiteといれて検索すると、Hermite全集(Oeuvres de Charles Hermite)がでてくる(フランス語です)、その第二巻がpdfで掲載されているのですが、その最初のpdfにのっています。あるいは画像そのものを見ることもできて、その画像をダウンロードしてもいいです。ブログに載せたのは私が解像度を落としたものですが、オリジナルの高画質版もダウンロードできますので必要な方はダウンロードしてみてください。下の写真の左下のダウンロードボタンを押すと、高解像度、低解像度を選んでダウンロードできます。
註2:ポアンカレの「科学の価値」は、田辺元訳が科学図書館にありますのでダウンロードしてお読みください。

元寇防塁の上で毎日暮らしていました!九大箱崎キャンパスの遺跡が国の史跡指定へ

今日夕方のNHK福岡の放送で、九大跡地の元寇防塁が国の史跡指定へというニュースを放送していました。調べてみると、九州大学が伊都へ移転する前に私達がいた箱崎キャンパス、それも理学部本館から中央図書館、農学部などにわたって元寇防塁跡の石組や溝のあとが点々とみつかっているようです。防塁あとは工学部へものびています。箱崎キャンパスの卒業生の皆さんはこの地図を見ると興味津々でしょう。この地図は九大が昨年発表したこの報告のpdfにある図からとったものです。理学部では理学部会議室の下あたり、ちょうどバーベキューをやれるスペースの周辺に石積み遺構あと(赤い線で表示)や溝状の遺構(青い線で表示)がみつかっているようですね。赤い石積み遺構は図の右上にある赤い点線(地蔵松原公園の元寇防塁遺跡)から農学部、中央図書館、理学部本館へと連続して続いているように見えます。理学部本館にあった私達の研究室は理学部会議室のすぐそばの二階にありましたから、毎日窓から眺めていたあたりに元寇防塁があったわけです。箱崎キャンパスは、昔は海に近かったようで松林の名残の松も点々としていました。去年、筥崎宮が元寇のとき避難してきた史跡を訪れた記事を書きましたが、やはり博多は元寇にまつわる史跡が多いですね。しかしまさか箱崎キャンパスの理学部や中央図書館、防音講義室、システム生命学府棟、農学部あたりに防塁があったとは驚きでした。

下の図は九大の所蔵する蒙古襲来絵詞(模本)の高精細画像です。主人公である竹崎季長(たけざき・すえなが)の活躍を描く絵巻物で18世紀末に発見された原本をかなり早い時期に複製したものと考えられているそうです。絵巻物の「季長、生の松原の石築地の前を通過する」の場面で防塁を通過しているところが描かれています。

単一細胞のRNA-Seq(scRNA-Seq)の入門動画とBrenner先生の新技術についての金言の紹介です。

科学の発展には新技術の開発が決定的な役割を果たします。このブログでも次世代シークエンサーの威力と題して、DNase-Seq (ディーエヌエース シークと読みます)などを紹介したことがあります。最近のNIH Videocastの番組で、新技術を紹介している優れた講演がありました。大変勉強になる講演で、スマートフォンからハイビジョンテレビ向けまでの様々な解像度で動画をダウンロードできますので、是非 通勤時間などを利用して動画をご覧ください。

これは、今年の7月24日に行われた講演です。Biowulf Seminar: Single Cell Sequencing: Powerful Applications and Practical Considerations(クリックすると動画サイトにとびます)という題で、一細胞のRNA-Seq (single cell RNA-SeqですのでscRNA-Seqと略します)のいろいろな方法と応用およびバイオインフォマティクスによる解析ツールについてやさしく紹介する優れた入門用の講演です。RNA-Seqというのは、細胞や組織の中にどんなRNAがどれほど存在しているかを、次世代シークエンサーを用いて、網羅的に同定する技術です。演者のMichael Kelly博士はsingle cell biologyの有名な実験研究者で、NIHのLinuxクラスター(9万5000個以上のprocesserと30ぺタバイト以上の容量(1ぺタバイは1000テラバイトです)をもつLinux cluster) Biowulfのユーザーでもあります。それでBiowulfセミナーで講演しているようです。内容は2012/2013年頃及したFluidigm C1 platformとSMARTer chemistryによる一個の細胞のRNA-Seqの方法、スループットが飛躍的に向上した2015年のDrop-Seq/InDropsの方法、そして2017/2018年頃から普及してよりハイスループット、低コストとなったsciRNA-Seq/SPLiT-Seq/Seq-Wellの方法などの紹介からはじまって、単一細胞レベルのRNA-Seqを鳥瞰していて、最適の入門講演と思います。 なおsci-RNA-seq (single-cell combinatorial indexing RNA sequencing)というのは、線虫C. elegansの各細胞のRNA-Seqを行った2017年の論文で使われた方法です。オープンアクセスになっていますので興味のある方は是非読んでみてください。新技術の開発がどれほど科学をすすめるかに感動します。

昔 Current Protocols in Molecular Biologyというプロトコル集を買っていました。その綴じ込みにSydney Brenner先生の言葉:
Progress in science depends on new techniques, new discoveries and new ideas, probably in that order. (科学の進歩は、新しい技術の出現、新しい発見、そして新しいアイデアの誕生によってもたらされる―おそらくこの順番で)
が載っていて感銘をうけました。

たしかに、放射性同位元素の生物学研究への応用、蛍光抗体法、モノクローナル抗体、レーザー共焦点顕微鏡、GFPなどの発明、PCR、DNAシークエンサー、遺伝子クローニングやゲノム編集技術、原子間力顕微鏡、タンパク質や糖鎖、脂質などの質量分析装置による解析技術、核磁気共鳴や電子スピン共鳴、X線結晶回折による生体分子の立体構造の解明、電子顕微鏡、クライオ電子顕微鏡、超高解像度の光学顕微鏡などなど、さまざまな新技術が生命科学の大発展を引き起こしてきています。Brenner先生が言うように、技術ができたらそれで何を研究できるかと考え、それが新発見を生み出し、新発見が新しいアイデアを生み出し、次の技術も開発される‥といった順に科学は発展しているようにみえます。

Current Protocolsの本は寄贈したので手元になく、 Brenner先生の言葉もうろ覚えではっきりしなかったので、ちょっと出典を探してみました。 Google 検索でSydney Brenner  quotesといれて探すとすぐにみつかって、多くの方がこの言葉をなるほどと思ったことがうかがえます。次にGoogle検索でこの言葉を二重引用符に囲んで”Progress in science depends on new techniques, new discoveries and new ideas, probably in that order.”を検索窓にいれて検索しました。するとなんとBrennerさん自身がこの言葉をどこ喋ったかを思い出せず、自分で探しただした、という記事がヒットしました。その記事によると、Brennerさんにこの言葉を引用したいがどこが出典かという問い合わせがあったのですが、自分でもいつどこで言った言葉か思い出せなかったそうです。そこで Alan Mackayという人のA Dictionary of Scientific Quotationsという本を探すと、この言葉がのっていて、 雑誌Natureの1980年5月5日号より、とあったそうです。さっそくNatureを見たのですが、なんとこの日には雑誌が発行されていないことがわかりました。それで結局わからずじまいだったとのことです。ところが数週間後、積み上げられた論文をいろいろみているとき、手書きの講演原稿が見つかったそうです。それはスイスのバーゼルにある Friedrich Miescher Instituteの10周年記念シンポジュウム(1980年開催)でのBrenner先生の講演の手書き原稿でした。ここでしゃべったんだというのがわかったので、このシンポジュウムについて報道していたNatureの記事を探したところ、1980年6月5日に掲載された記事が見つかって、その中にこの言葉がのっていたそうです。Biology in the 1980s, plus or minus a decadeというタイトルの記事です。ここからpdfがダウンロードできます。

先ほどの本は一か月だけ日にちを間違えていたということでした。講演会でのBrenner先生の手書き原稿にはこの文は以下のように書いてあるそうです。“ I will ask you to mark again that rather typical feature of the development of our subject; how so much progress depends on the interplay of techniques, discoveries and new ideas, probably in that order of decreasing importance.”

以下のサイトにはBrennerさんをはじめ、いろんな科学者の言葉が網羅されていて面白そうです。またそれ以外の面白い記事も多いのでおすすめです。
https://todayinsci.com/B/Brenner_Sydney/BrennerSydney-Quotations.htm
https://todayinsci.com/Quotations/QuotationsIndex.htm

はやぶさ2 二度目のタッチダウン大成功 おめでとうございます!

はやぶさ2が再びタッチダウンとサンプル採取に成功とのニュース、おめでとうございます。
今日はそのニュースでもちきりでした。ストリーミングで管制室の生中継がみられたり、記者会見がみられたり、とてもよい時代ですね。

前回のはやぶさの大気圏突入の時は、テレビはどこのチャンネルでも中継をやっておらず、なんでウーメラ砂漠から生中継がないのかと残念に思ったものです。今回はマスコミも大幅に報道力の強化済みのようで楽しかったです。今この中継をみている子供たちは本当にいい環境でそだっていますね。将来が楽しみです。写真はCAM-Hで撮影したタッチダウン4秒後の画像(画像のクレジット:JAXA) で、以下のページからダウンロードしたものです。
http://www.hayabusa2.jaxa.jp/topics/20190711_PPTD_ImageBulletin/
舞いあがっている岩石片が印象的ですね。

今回はYouTube中継をテレビ(AmazonのfireTVStick)でみました。以前はYouTubeアプリがfireTVstickにあったので、テレビでYouTubeをよく見ていたのですが、しばらくしてGoogleとAmazonが対立して、アプリがfireTVで無効になり、ブラウザでしかYouTubeがみられなくなっていたのです。ChromecastやAndroid TVでamazonのprime videoが見られなかったり、逆にamazonのfire TVでYouTubeがみられなかったりという状態が続いていました。ところが数日前にGoogleとAmazonのYouTubeをめぐる争いが終わり、fireTVstickのYouTubeアプリが久しぶりに復活して使えるようになっていました。そこで、さっそくダウンロードしてはやぶさ2の生中継をテレビでみることができました。パソコン画面よりやはり格段に見やすいのでこれからYouTubeを見るのに活用できそうです。

アインシュタインの旅日記とアインシュタインからの墓碑銘の話―アインシュタインが訪れた九州大学と福岡(その5)

以前「アインシュタインからの墓碑銘」とアインシュタインの日本への旅日記についての記事を書きました。先日、九大医学部図書館からその本(「アインシュタインからの墓碑銘」サイン入りの著者からの寄贈本です)を借りてきて読んでみました。その本のはじめにあったアインシュタインの言葉を再録しておきます。

美しい微笑みをたたえ、お辞儀をし、床に座る人々へ。
願わくは西欧に先んじた自らの偉大な徳を、汚さずに保ち続けることを忘れないでほしい。すなわちそれは、生活を芸術的に築きあげることであり、個人の欲望を抑えた簡明、質素な態度、そして心の清明な静けさである。アルベルト・アインシュタイン(桑折千恵子訳)」

この本には、アインシュタインの博多訪問や三宅 速 教授宅への訪問だけでなく三宅ご夫妻の空襲での殺害、そして九大医学部での米軍爆撃機のパイロットに対する生体解剖事件についても詳しく書かれています。またその事件後の九大第一外科のたてなおしに三宅ご夫妻の息子さんの三宅博さんが尽力されたことも書かれています。
アインシュタインの旅日記の日本訪問の部分の全訳「アインシュタイン日本で相対論を語る」はすでに出版されていましたが、その他のアジア地域とパレスチナ、スペインの旅日記も含む本、アインシュタインの旅行日記も最近、草思社から翻訳版がでたので、上の本と併せてご覧になると考えさせられるところが多いと思います。
写真は一週間ほど前に近所でみつけたねむの木の花です。今年もきれいに咲いていました。

Brenner先生がCurrent Biologyに書かれたコラムの記事や関連本がダウンロードできます。

 

先日亡くなったBrenner先生はCurrent Biology という雑誌に 1994年1月から2000年12月までコラムを執筆されていました。そのコラム( Loose Endsというコラム名が、途中から False Startsにかわりました。これはコラムの掲載場所が雑誌の巻末から巻頭に変わったのに対応して おちゃめにタイトルを変えたようです)がオンラインで読めるようになりましたのでお知らせします。またpdfをダウンロードすることもできます。ダウンロードするには、ページの中央下にあるスピーカーボタンの左隣にある、ダウンロードボタンをおしてください。「パブリケーション全体―8.5MB 出版物をpdfファイルとしてダウンロードします」という表示がでますのでクリックするとpdfが保存されます。

それからEMBO in Perspectiveという本も紹介しておきます。無料ダウンロードはここからできます。

EMBO (ヨーロッパ分子生物学機構)の50周年記念で作られた本だそうで、サイエンスライターでドロシー・ホジキンの伝記を書いたので有名な Georgina Ferryさんが書いた本です。Paul Nurseが序文を書いています。

Based on personal interviews with Sydney Brenner, L. Luca Cavalli-Sforza, Georges Cohen, James Watson and the directors of EMBO, this book tells the story of the journey from the study of molecules and microbes in the nuclear age to the growth and expansion of EMBO and the life sciences. It also provides new perspectives on some of the creation myths of the organization. (上記のEMBOのホームページからの引用)

写真は自宅に実ったサクランボです。毎年、カラスなどに食べられないようネットを張っていたのですが、今年は面倒なので白いビニールの荷づくり紐を、トリの羽が引っ掛かるように張りました(写真右)。これは案外効果がありました。一切鳥がよりつきませんでした。

最近、カラスの代わりにカラスの仲間のカチガラスがご近所のサクランボを食い尽くしていました。カチガラスはかささぎの別称で、佐賀の県鳥ですが福岡にも出没しています。(余談ですが、植松三十里さんの小説「かちがらす-幕末を読みきった男」( 小学館)は、幕末の佐賀藩主の活躍を描いたものでとても面白かったです。) カチガラスは電柱の上に巣を作って停電の原因になったりしている害鳥でもあります。

白いビニール紐を張っておくと、カチガラスはおろか、一切の鳥が寄り付かなくなり、写真のサクランボは今は熟れすぎたまま木に全部残っています。収穫は連休中に終えたので、あとは紐を切って鳥に食べてもらわなくてはと思っています。とにかく、サクランボなどを鳥から守るには、ビニールひもを張り渡すというのがとても効果があることがわかったのは発見でした。

Sydney Brenner先生がなくなられました―検索エンジンSemantic Scholarを使ってみよう

分子生物学の開拓者であり、モデル生物C. elegans(線虫シー エレガンス)を世に送Sydeny Brenner先生が先日(4月5日)なくなりました。RIP to a scientific hero.などとtwitterでも惜しむ声が多かったようです。雑誌Natureの追悼記事はこちらにあります。写真はOIST(沖縄科学技術大学院大学)提供のものです。(RIP というのはラテン語のrequiescat in paceの頭文字をとったもので、may he rest in peace, may she rest in peace, may they rest in peaceの意味だそうです。安らかにお眠りくださいという意味ですね。)
Brenner先生は分子生物学の開拓者の一人で、電子顕微鏡のネガティブ染色法の開発者でもあります。突然変異のメカニズムの研究で大きな業績をあげ、それを使ってアミノ酸をコードしている遺伝暗号が3つの塩基の並びからなる(あるいはありそうもないが3の倍数)ことを証明したり、トランスファーRNAの存在を予言、あるいはmRNAの存在をJacobとの共著論文で証明したりしています。これだけでもノーベル賞級の発見ですね。今まで分子生物学で大いに役立ったファージのように使いやすい多細胞生物で、発生や神経の問題を調べるために理想的なモデル生物を探した結果、線虫C. elegansを導入し、プログラムされた細胞死の研究でノーベル賞を授賞されています。私も英国ケンブリッジにいたときに先生のセミナーにでたことがありますが、理論面からの実験への鋭い切り口が印象的なセミナーでした。新しい技術は新しい発見を生むという先生の言葉は特に記憶に残っています。

Brenner先生の自伝的回想のインタビュー(発生生物学者で位置情報の三色旗モデルで有名なLewis Wolpertに語っています)をまとめた、「エレガンスに魅せられて」という本も前に買ってもっていますが、今は中古本でしか入手できないようですね。

YouTubeにはBrenner先生の動画が色々ありますので、適当なのを選んでご覧になるといいと思います。上に載せている動画は2017年に四日間にわたってシンガポールで行われたBrenner先生の講義の動画です。四日分がアップロードされていますのでご覧ください。この講義はIn the Spirit of Science: Lectures by Sydney Brenner on DNA, Worms and Brains という題で、本になっているようです。私はまだ入手していませんが英語が聞き取れない人は買ってみるのも良いと思います。Kindle版は安く入手できるようです。
この動画、まだ最初のあたりしか見ていませんが、 Turingとvon Neumannの話からはじまっています。Brenner先生はSchrodingerのWhat is Life?には全く興味をもてなかったと、上の自叙伝の本で述べていますが、かわりにNeumannの自己増殖オートマトンの理論に深い興味をもたれたようです。このYouTubeの講演でいっている自己増殖オートマトンの本というのは、たぶんノイマンが1948年にHixsonシンポジュウムというシンポジュウムで、THE GENERAL AND LOGICAL THEORY OF AUTOMATAという題で講演した論文で、後に出版されたこの本Theory of Self-Reproducing Automataではないと思います。Hixson symposiumのNeumannの論文は、中央公論社からでた世界の名著66 現代の科学IIに品川嘉也先生の訳で「人工頭脳と自己増殖」という題で邦訳されています。図書館や古本で探して見られると読めると思います。詳しい注釈がついているので翻訳版はおすすめです。英語の論文はここにあります。これはSemantic Scholarという検索エンジンを使って探しました。これは、工学系、生命科学系にかかわらずとても有用な検索エンジンのように思われます。この検索エンジンはマイクロソフトの創設者の一人Paul Allenが設立したAllen Institute for Artificial Intelligenceが作成しているAIベースの検索エンジンです。コンピュータ科学や生命医科学の論文が収録されており、たとえばC. elegans, chondroitin synthaseで検索すると、私達の論文がトップにでてきます。

遺伝暗号の解読をBrenner先生やCrickたちが進めていたとき、モスクワの学会で全く無名の研究者が遺伝暗号の解読の成功を発表しました。その時、彼の発表会場はほとんど空で人がいなかったそうです。遺伝暗号の最初の解読結果が発表されたというのを友人のMatt Meselsonから聞いたCrickは、その無名のアメリカの科学者Marshall Nirenbergにもう一回、1000人以上が集まるシンポジュウムで同じ話をしてくれと依頼したそうです。シンポジュウムのプログラムにNierenbergの名前を手書きで書き加えたものが残っています。その場でNirenbergは二番目の遺伝暗号の解読の成功も発表したそうです。聴衆は電撃を受けたようなショックを感じたそうです。
これは、私がケンブリッジのMRC LMBのWhite先生のラボに入ったその日に、同時にポスドクにやってきたBob Goldsteinさんが書いているBrenner先生から聞いた話のまとめに載っている話です。自分の研究が抜きさられた(scoopedといいます)時のCrickの態度には学ぶべきところが多いです。Brenner先生の話を聞きに行ったときの別れの際にBrenner先生がGoldsteinさんに語った以下の言葉が印象的です。
As Brenner told me by way of parting advice: “Do the best experiments you can, and always tell the truth. That’s all.”

その他、Brenner先生に関する資料のリンクもGoldsteinさんの以下のページにありますのでご覧ください。

https://goldsteinlab.weebly.com/resources.html

 

はやぶさ2 着陸成功おめでとうございます!

今日は小惑星探査機はやぶさ2の着陸の日でした。朝からYouTubeのライブ中継に釘づけの方も多かったのではないでしょうか。朝6時45分からのLive 中継が9時15分くらいに終わったあとも、記者会見などの中継がYouTubeのTHE PAGEチャンネルであってそれに釘づけでした。

機体からの電波のドップラー効果の数値を、正常な着陸シークエンスで予測されるドップラー効果の変動の数値と比較して着陸の成功を検証するという手法で、着陸の成功を推定するんですね。Live中継では、小学生にでもわかるように解説しようと皆さんが努力しながら話しておられるのが頼もしかったです。おかげで、この中継をみている小学生なら たぶんほとんどの内容が理解できたのではないでしょうか。

このごろの学生さんをみていると、ものすごく優秀で、私の若い時とはくらべものにならないくらい若者(40代から小学生まで)の能力が上がっているのを実感します。私の院生のころアインシュタインの生誕100年の一般向け講演会にいきましたが、前に座っていた小学生の男の子が、その子の前の人の座席を脚でとんとんと、けったりしていたのですが、内山龍雄先生の講演が始まるとちゃんと理解しており、もうすぐエレベータ―の話だ、等価原理の説明が始まるよなどとつぶやいていました。今ではそんな小学生がごろごろしているようですね。

若者は着実に育っています。これからはこうした優れた才能が活きる社会をつくらなくてはなりません。

上の図は記者会見のストリーミングのスクリーンショットです。はやぶさ2がタッチダウンしたあと上昇に転じた直後の画像で、はやぶさ2の影が大きくうつっていて、その下の一番黒い部分ははやぶさ2がホバリングしていてすこし静止していたため一番黒くなっているそうです。またゼ機体の右下の黒いしみのような部分ははやぶさ2の噴射の跡、上のほうにある黒い点々は巻き上がった砂、岩石がうつっているのではないかとのことでした。

 

おすすめ本―量子生物学その2

最近 内田老鶴圃から出版された本で、「計算分子生物学 物質科学からのアプローチ(田中成典 著)」という本があります。この本は、これから量子生物学をやろうという人にお勧めです。私は専門ではないので「たぶんおすすめです‥‥」が正確ですが、一度手に取ってみてはいかがでしょうか。雑誌 実験医学に著者の田中先生は「量子生命科学の展望」という総説を書いておられます。 実験医学 Vol.35 No.14(9月号)2017発行。九州大学などご自分の学校などでメディカルオンラインが使える人は、メディカルオンラインからpdfをダウンロードすることができますのでダウンロードして是非ご覧ください。図書館にバックナンバーがあればそれをみることもできますね。とてもわかりやすい解説で、上の本を読み始めるのにも最適な総説だと思います。量子生物学とか量子生命科学とよばれる研究領域についてのすぐれた解説です。

量子生物学というのは結構古くから研究が試みられていました。ビタミンCの発見でノーベル賞を授賞し、その後、アクチンとミオシンで筋肉が収縮することを発見し、さらにクレブスサイクルの基礎になる発見をしたハンガリー出身の生化学者Albert Szent-Györgyiは、量子生化学の重要性をはやくからのべていた科学者です。DNAやタンパク質が半導体になるとか、いろいろ面白いアイデアをだしておられました。日本の筋肉の研究は世界のトップを走っていましたが多くの日本人研究者に感銘を与えたのは彼の筋収縮の本だったときいています。私が高校生のころ、来日してNHKで講演会が放送されていたのを観ました。その講演会の内容は「狂ったサル」(サイマル双書)という題名の本に収録されていて今も古書店から入手可能ですので是非ご覧ください。私は講演会をテレビで見て、興味を持ち、その後、彼の書いたIntroduction to a Submolecular Biologyという本の邦訳「分子生物学入門―電子レベルからみた生物学(廣川書店)」などの本を読んで、量子生物学も面白そうと思い京大で行われていた分子軌道法講習会などにも参加して勉強していました。
以前の記事に書きましたが、東京で開催された国際発生生物学会のオプショナルツアーに同行させていただいたとき、私がセントジェルジ博士の仕事が魅力的だと話したところ、一緒にツアーに参加されていた発生生物学者のご夫妻からセントジェルジ博士は、科学の業績でも偉大だが、人間としても偉大な方だという話を聞きました。反戦・平和にもつくした方でした。

大学院生のとき、ちょうど京都で開催された国際量子化学会に参加してサテライトミーティングにも参加して量子生物学の講演をいっぱいきいて、Szent-Györgyiと共同研究しているハンガリーのLadik先生や京都府立医科大学の品川嘉也先生ご夫妻などに懇親会でいろいろ質問していたのを思い出します。この国際学会は京都大学の福井謙一先生が会長で主催されたのでしたが、会場では参加者の大先生たちの「これで福井謙一先生のノーベル賞は確実ですなぁ」という会話を耳にし、ほどなく福井先生がノーベル化学賞を受賞されたのも印象にのこる経験でした。当時はまだまだ量子生物学は始まったばかりで研究は困難と判断しましたが、ここ数年、分子生物学会でもワークショップが開かれるようになったのに象徴されるように、ようやく開花し始めたように思われます。

写真は国際宇宙ステーションISS「きぼう」が先日1月22日に福岡上空を通過した時のものです。翌日を含めて2日続けて夕方に通過がみられました。皆さんの近所で通過をみるにはJAXAの「きぼう」を見ようのホームページをごらんください。場所を選ぶと観測できる日付などが表示されますので、日付をクリックすると空のどのあたりを飛行するかも表示されます。以前に紹介した天文ソフトStellariumでもISSの軌道を表示できますので、どのあたりを通過するかをあらかじめStellariumで確認してから観察にでかけると間違いがありません。詳しくは後日書きます。写真はiphoneでとった写真で、左の電線の交差しているあたりの光点が「きぼう」です。とてもあかるくすーっと高速に空をよこぎっていきます。二枚目の写真では右の屋根に近い光点が「きぼう」です。

アインシュタインが訪れた九州大学と福岡(その3)―アインシュタインの旅日記(日本語版)を読みました

このたびの豪雨災害にあわれた皆様にお見舞い申し上げます。近所の方も親戚の家が床下浸水になったとのことで、逆性石鹸(逆性セッケン)をもって後片付けにでかけておられます。猛暑がつづいていますが、どうぞお体を大切になさってください。

アインシュタインの旅日記。町の図書館にいって探してみると日本での旅日記は、なんと、2001年に世界ではじめて全文翻訳されていることを知りました。さっそくその本「アインシュタイン日本で相対論を語る」(講談社)を借りてきて読みました。アインシュタインの日本への旅日記の原本まで探し当てて内容を確認して翻訳した力作で、アインシュタインの日本滞在時の写真満載でとてもよい本ですので是非ご覧ください。エルサレムのアインシュタイン文書館からの序文の他、なんとフリーマン・ダイソンの日本版へのメッセージまで収録されています。ダイソンは有名な物理学者。繰り込み理論の研究でノーベル賞級の業績を上げた物理学者(ノーベル賞は3人しか受賞できない)で、SFフアンには有名なダイソン球の提唱者であり、水爆を使って推進する宇宙船オリオンの開発でも有名です。

もう一冊、図説アインシュタイン(河出書房新社)という本も借りてきました。こちらもアインシュタインの日本滞在の詳細な紹介があるうえに、アインシュタインの理論や生涯の簡潔な紹介が多数の写真や図をまじえて行われていてお勧めです。こちらの57ページには「幻のアインシュタイン招聘計画!」というエピソードが紹介されています。アインシュタインの来日のはるか前、アインシュタインがユダヤ人ゆえにチューリッヒで不遇だったころ、東北大学はアインシュタインを教授として招聘しようとしたのだそうです。当時の東北帝大総長も乗り気で、ヨーロッパにいた石原純教授に給料の額と任期を提示して交渉にあたってもらうように依頼したと書いてありました。私が高校のとき化学の先生が授業で、昔アインシュタインを教授として招聘しようとしたが、お雇い外国人の時代はおわった、日本人でないとだめだとか議会でいわれて没になった、もしアインシュタインがきていたら歴史は変わったのに、とおっしゃっていたのは本当だったようです。

九州大学に前に紹介しましたが桑木彧雄(くわきあやお)教授がおられました。この先生はドイツに留学していたとき、日本人としてはじめてアインシュタインを訪れて面会した方だそうです。たしかアポイントもなしで、おしかけたのではなかったでしょうか。
桑木文庫というのが九大図書館にあります。そこには数学や物理などの古典があつめられていますが、それはこの先生のコレクションです。またアインシュタインの日本訪問、福岡訪問に尽力された先生でもあります。上の「アインシュタイン日本で相対論を語る」の124ページには、アインシュタインが九州大学を訪問した時の記念写真が載っており、桑木教授がエルザ夫人の横に写っています。桑木先生はアインシュタインに高く評価されていたそうで、桑木先生への色紙には、
私が知りあう喜びを抱いた最初の日本の物理学者、認識論学者 桑木教授へ アルバート・アインシュタイン、1922年 自然はつんとすました女神である(同書 124ページ)とあります。

またどちらの本にもアインシュタインが福岡で講義したときの黒板は、ニスをぬって 現在の福岡高校(当時の福岡中学)に長く保存されていたとあり、その写真が載っています。しかし実物は敗戦後、ゆくえ不明になってしまったのだそうです。空襲でやられたのか、そのへんはいろんな説があるみたいです。(写真は梅雨明けの青空です)