Brenner先生がCurrent Biologyに書かれたコラムの記事や関連本がダウンロードできます。

 

先日亡くなったBrenner先生はCurrent Biology という雑誌に 1994年1月から2000年12月までコラムを執筆されていました。そのコラム( Loose Endsというコラム名が、途中から False Startsにかわりました。これはコラムの掲載場所が雑誌の巻末から巻頭に変わったのに対応して おちゃめにタイトルを変えたようです)がオンラインで読めるようになりましたのでお知らせします。またpdfをダウンロードすることもできます。ダウンロードするには、ページの中央下にあるスピーカーボタンの左隣にある、ダウンロードボタンをおしてください。「パブリケーション全体―8.5MB 出版物をpdfファイルとしてダウンロードします」という表示がでますのでクリックするとpdfが保存されます。

それからEMBO in Perspectiveという本も紹介しておきます。無料ダウンロードはここからできます。

EMBO (ヨーロッパ分子生物学機構)の50周年記念で作られた本だそうで、サイエンスライターでドロシー・ホジキンの伝記を書いたので有名な Georgina Ferryさんが書いた本です。Paul Nurseが序文を書いています。

Based on personal interviews with Sydney Brenner, L. Luca Cavalli-Sforza, Georges Cohen, James Watson and the directors of EMBO, this book tells the story of the journey from the study of molecules and microbes in the nuclear age to the growth and expansion of EMBO and the life sciences. It also provides new perspectives on some of the creation myths of the organization. (上記のEMBOのホームページからの引用)

写真は自宅に実ったサクランボです。毎年、カラスなどに食べられないようネットを張っていたのですが、今年は面倒なので白いビニールの荷づくり紐を、トリの羽が引っ掛かるように張りました(写真右)。これは案外効果がありました。一切鳥がよりつきませんでした。

最近、カラスの代わりにカラスの仲間のカチガラスがご近所のサクランボを食い尽くしていました。カチガラスはかささぎの別称で、佐賀の県鳥ですが福岡にも出没しています。(余談ですが、植松三十里さんの小説「かちがらす-幕末を読みきった男」( 小学館)は、幕末の佐賀藩主の活躍を描いたものでとても面白かったです。) カチガラスは電柱の上に巣を作って停電の原因になったりしている害鳥でもあります。

白いビニール紐を張っておくと、カチガラスはおろか、一切の鳥が寄り付かなくなり、写真のサクランボは今は熟れすぎたまま木に全部残っています。収穫は連休中に終えたので、あとは紐を切って鳥に食べてもらわなくてはと思っています。とにかく、サクランボなどを鳥から守るには、ビニールひもを張り渡すというのがとても効果があることがわかったのは発見でした。

Sydney Brenner先生がなくなられました―検索エンジンSemantic Scholarを使ってみよう

分子生物学の開拓者であり、モデル生物C. elegans(線虫シー エレガンス)を世に送Sydeny Brenner先生が先日(4月5日)なくなりました。RIP to a scientific hero.などとtwitterでも惜しむ声が多かったようです。雑誌Natureの追悼記事はこちらにあります。写真はOIST(沖縄科学技術大学院大学)提供のものです。(RIP というのはラテン語のrequiescat in paceの頭文字をとったもので、may he rest in peace, may she rest in peace, may they rest in peaceの意味だそうです。安らかにお眠りくださいという意味ですね。)
Brenner先生は分子生物学の開拓者の一人で、電子顕微鏡のネガティブ染色法の開発者でもあります。突然変異のメカニズムの研究で大きな業績をあげ、それを使ってアミノ酸をコードしている遺伝暗号が3つの塩基の並びからなる(あるいはありそうもないが3の倍数)ことを証明したり、トランスファーRNAの存在を予言、あるいはmRNAの存在をJacobとの共著論文で証明したりしています。これだけでもノーベル賞級の発見ですね。今まで分子生物学で大いに役立ったファージのように使いやすい多細胞生物で、発生や神経の問題を調べるために理想的なモデル生物を探した結果、線虫C. elegansを導入し、プログラムされた細胞死の研究でノーベル賞を授賞されています。私も英国ケンブリッジにいたときに先生のセミナーにでたことがありますが、理論面からの実験への鋭い切り口が印象的なセミナーでした。新しい技術は新しい発見を生むという先生の言葉は特に記憶に残っています。

Brenner先生の自伝的回想のインタビュー(発生生物学者で位置情報の三色旗モデルで有名なLewis Wolpertに語っています)をまとめた、「エレガンスに魅せられて」という本も前に買ってもっていますが、今は中古本でしか入手できないようですね。

YouTubeにはBrenner先生の動画が色々ありますので、適当なのを選んでご覧になるといいと思います。上に載せている動画は2017年に四日間にわたってシンガポールで行われたBrenner先生の講義の動画です。四日分がアップロードされていますのでご覧ください。この講義はIn the Spirit of Science: Lectures by Sydney Brenner on DNA, Worms and Brains という題で、本になっているようです。私はまだ入手していませんが英語が聞き取れない人は買ってみるのも良いと思います。Kindle版は安く入手できるようです。
この動画、まだ最初のあたりしか見ていませんが、 Turingとvon Neumannの話からはじまっています。Brenner先生はSchrodingerのWhat is Life?には全く興味をもてなかったと、上の自叙伝の本で述べていますが、かわりにNeumannの自己増殖オートマトンの理論に深い興味をもたれたようです。このYouTubeの講演でいっている自己増殖オートマトンの本というのは、たぶんノイマンが1948年にHixsonシンポジュウムというシンポジュウムで、THE GENERAL AND LOGICAL THEORY OF AUTOMATAという題で講演した論文で、後に出版されたこの本Theory of Self-Reproducing Automataではないと思います。Hixson symposiumのNeumannの論文は、中央公論社からでた世界の名著66 現代の科学IIに品川嘉也先生の訳で「人工頭脳と自己増殖」という題で邦訳されています。図書館や古本で探して見られると読めると思います。詳しい注釈がついているので翻訳版はおすすめです。英語の論文はここにあります。これはSemantic Scholarという検索エンジンを使って探しました。これは、工学系、生命科学系にかかわらずとても有用な検索エンジンのように思われます。この検索エンジンはマイクロソフトの創設者の一人Paul Allenが設立したAllen Institute for Artificial Intelligenceが作成しているAIベースの検索エンジンです。コンピュータ科学や生命医科学の論文が収録されており、たとえばC. elegans, chondroitin synthaseで検索すると、私達の論文がトップにでてきます。

遺伝暗号の解読をBrenner先生やCrickたちが進めていたとき、モスクワの学会で全く無名の研究者が遺伝暗号の解読の成功を発表しました。その時、彼の発表会場はほとんど空で人がいなかったそうです。遺伝暗号の最初の解読結果が発表されたというのを友人のMatt Meselsonから聞いたCrickは、その無名のアメリカの科学者Marshall Nirenbergにもう一回、1000人以上が集まるシンポジュウムで同じ話をしてくれと依頼したそうです。シンポジュウムのプログラムにNierenbergの名前を手書きで書き加えたものが残っています。その場でNirenbergは二番目の遺伝暗号の解読の成功も発表したそうです。聴衆は電撃を受けたようなショックを感じたそうです。
これは、私がケンブリッジのMRC LMBのWhite先生のラボに入ったその日に、同時にポスドクにやってきたBob Goldsteinさんが書いているBrenner先生から聞いた話のまとめに載っている話です。自分の研究が抜きさられた(scoopedといいます)時のCrickの態度には学ぶべきところが多いです。Brenner先生の話を聞きに行ったときの別れの際にBrenner先生がGoldsteinさんに語った以下の言葉が印象的です。
As Brenner told me by way of parting advice: “Do the best experiments you can, and always tell the truth. That’s all.”

その他、Brenner先生に関する資料のリンクもGoldsteinさんの以下のページにありますのでご覧ください。

https://goldsteinlab.weebly.com/resources.html

 

はやぶさ2 着陸成功おめでとうございます!

今日は小惑星探査機はやぶさ2の着陸の日でした。朝からYouTubeのライブ中継に釘づけの方も多かったのではないでしょうか。朝6時45分からのLive 中継が9時15分くらいに終わったあとも、記者会見などの中継がYouTubeのTHE PAGEチャンネルであってそれに釘づけでした。

機体からの電波のドップラー効果の数値を、正常な着陸シークエンスで予測されるドップラー効果の変動の数値と比較して着陸の成功を検証するという手法で、着陸の成功を推定するんですね。Live中継では、小学生にでもわかるように解説しようと皆さんが努力しながら話しておられるのが頼もしかったです。おかげで、この中継をみている小学生なら たぶんほとんどの内容が理解できたのではないでしょうか。

このごろの学生さんをみていると、ものすごく優秀で、私の若い時とはくらべものにならないくらい若者(40代から小学生まで)の能力が上がっているのを実感します。私の院生のころアインシュタインの生誕100年の一般向け講演会にいきましたが、前に座っていた小学生の男の子が、その子の前の人の座席を脚でとんとんと、けったりしていたのですが、内山龍雄先生の講演が始まるとちゃんと理解しており、もうすぐエレベータ―の話だ、等価原理の説明が始まるよなどとつぶやいていました。今ではそんな小学生がごろごろしているようですね。

若者は着実に育っています。これからはこうした優れた才能が活きる社会をつくらなくてはなりません。

上の図は記者会見のストリーミングのスクリーンショットです。はやぶさ2がタッチダウンしたあと上昇に転じた直後の画像で、はやぶさ2の影が大きくうつっていて、その下の一番黒い部分ははやぶさ2がホバリングしていてすこし静止していたため一番黒くなっているそうです。またゼ機体の右下の黒いしみのような部分ははやぶさ2の噴射の跡、上のほうにある黒い点々は巻き上がった砂、岩石がうつっているのではないかとのことでした。

 

おすすめ本―量子生物学その2

最近 内田老鶴圃から出版された本で、「計算分子生物学 物質科学からのアプローチ(田中成典 著)」という本があります。この本は、これから量子生物学をやろうという人にお勧めです。私は専門ではないので「たぶんおすすめです‥‥」が正確ですが、一度手に取ってみてはいかがでしょうか。雑誌 実験医学に著者の田中先生は「量子生命科学の展望」という総説を書いておられます。 実験医学 Vol.35 No.14(9月号)2017発行。九州大学などご自分の学校などでメディカルオンラインが使える人は、メディカルオンラインからpdfをダウンロードすることができますのでダウンロードして是非ご覧ください。図書館にバックナンバーがあればそれをみることもできますね。とてもわかりやすい解説で、上の本を読み始めるのにも最適な総説だと思います。量子生物学とか量子生命科学とよばれる研究領域についてのすぐれた解説です。

量子生物学というのは結構古くから研究が試みられていました。ビタミンCの発見でノーベル賞を授賞し、その後、アクチンとミオシンで筋肉が収縮することを発見し、さらにクレブスサイクルの基礎になる発見をしたハンガリー出身の生化学者Albert Szent-Györgyiは、量子生化学の重要性をはやくからのべていた科学者です。DNAやタンパク質が半導体になるとか、いろいろ面白いアイデアをだしておられました。日本の筋肉の研究は世界のトップを走っていましたが多くの日本人研究者に感銘を与えたのは彼の筋収縮の本だったときいています。私が高校生のころ、来日してNHKで講演会が放送されていたのを観ました。その講演会の内容は「狂ったサル」(サイマル双書)という題名の本に収録されていて今も古書店から入手可能ですので是非ご覧ください。私は講演会をテレビで見て、興味を持ち、その後、彼の書いたIntroduction to a Submolecular Biologyという本の邦訳「分子生物学入門―電子レベルからみた生物学(廣川書店)」などの本を読んで、量子生物学も面白そうと思い京大で行われていた分子軌道法講習会などにも参加して勉強していました。
以前の記事に書きましたが、東京で開催された国際発生生物学会のオプショナルツアーに同行させていただいたとき、私がセントジェルジ博士の仕事が魅力的だと話したところ、一緒にツアーに参加されていた発生生物学者のご夫妻からセントジェルジ博士は、科学の業績でも偉大だが、人間としても偉大な方だという話を聞きました。反戦・平和にもつくした方でした。

大学院生のとき、ちょうど京都で開催された国際量子化学会に参加してサテライトミーティングにも参加して量子生物学の講演をいっぱいきいて、Szent-Györgyiと共同研究しているハンガリーのLadik先生や京都府立医科大学の品川嘉也先生ご夫妻などに懇親会でいろいろ質問していたのを思い出します。この国際学会は京都大学の福井謙一先生が会長で主催されたのでしたが、会場では参加者の大先生たちの「これで福井謙一先生のノーベル賞は確実ですなぁ」という会話を耳にし、ほどなく福井先生がノーベル化学賞を受賞されたのも印象にのこる経験でした。当時はまだまだ量子生物学は始まったばかりで研究は困難と判断しましたが、ここ数年、分子生物学会でもワークショップが開かれるようになったのに象徴されるように、ようやく開花し始めたように思われます。

写真は国際宇宙ステーションISS「きぼう」が先日1月22日に福岡上空を通過した時のものです。翌日を含めて2日続けて夕方に通過がみられました。皆さんの近所で通過をみるにはJAXAの「きぼう」を見ようのホームページをごらんください。場所を選ぶと観測できる日付などが表示されますので、日付をクリックすると空のどのあたりを飛行するかも表示されます。以前に紹介した天文ソフトStellariumでもISSの軌道を表示できますので、どのあたりを通過するかをあらかじめStellariumで確認してから観察にでかけると間違いがありません。詳しくは後日書きます。写真はiphoneでとった写真で、左の電線の交差しているあたりの光点が「きぼう」です。とてもあかるくすーっと高速に空をよこぎっていきます。二枚目の写真では右の屋根に近い光点が「きぼう」です。

秋のおすすめ本その1―量子生物学(1)

ノーベル賞の発表がはじまり、本庶佑先生が授賞されてみなが大喜びですね。秋も深まってきて福岡では農家の稲刈りも9割がた終わったようです。

量子生物学 Quantum Biologyというのを聞いたことがありますか?数年前にでた本でLife on the Edgeという面白い本があります。細胞生物学の授業で物理や化学専攻の2年生にお奨めと紹介した本です。日本語訳もされていて「量子力学で生命の謎を解く」(水谷淳訳、SBクリエイティブ発行)といいうタイトルで本屋に並んでいます。

動画は英国のRoyal Institutionでのこの本の著者の講演です。この本が出たときにはイギリスで大評判になり、ベストセラーとなりました。雑誌NatureやNew Scientistでも紹介されたほどです。Royal Institutionは、かのマイケル・ファラデーが「ロウソクの科学」などの講演をした場所ですが、様々な演者を呼んでの講演が常に行われており、講演は公開されています。YouTubeのチャンネルもありますので、ご覧ください。電車の待ち時間や通勤時間に視聴すると楽しいです。英語が聞き取りにくいときは字幕を表示させるとよくわかると思います。Royal Institutionでは評判の科学書の著者を読んで講演してもらうことも多く、この本もそうですが、ほかに例えばHow to clone a mammothという評判の本の著者のBeth Shapiroさんの講演など、本の内容がよくわかる講演がいろいろありますので、本を買う前に聞いてみてください。本を買わなくても良いかもしれないほど面白い講演が多いです。

さて量子生物学ですが、この本では酵素反応にプロトンのトンネル効果が働いて効率化に寄与していたり、コマドリの季節の渡り(地磁気を感知するコンパス)にコマドリの体内にあるクリプトクロームというタンパク質分子内の電子の量子もつれが利用されていたり、あるいは光合成中心への効率的なエネルギーの移動にexcitonとよばれる励起子が働いていたりという話が分かりやすく書いてあります。他に匂いの検知メカニズムにも量子効果が働いているという仮説(反論の論文もでています)もあって、読んで大変面白い本です。物理や化学を学んでいる学生さんに特に薦めます。

著者の主張は「生命は量子効果を利用して維持されており、生きているということは量子効果が利用されている状態、死ぬとそれがなくなるということで、まさに量子効果の働く境界で生命が存在している」というものです。光合成の反応中心では量子コンピューターが働いているという論文の紹介もあります。その論文をみて一時間もかからずその間違いがわかったというMassachusetts Institute of Technologyの先生の講演が一番下の動画です。この有名な量子コンピューターの権威Seth Lloyd教授は、自分のラボで量子生物学を研究しているそうです。九州大学の生物学科の教授だった西村光雄先生は留学中、光合成細菌の光合成でのチトクロームの酸化における電子移動が液体窒素の温度でも起こることを発見した論文を有名なBritton Chance先生との共著で書かれました。続く研究でChance先生は液体窒素の温度やそれ以下の温度まで冷却すると100K(ケルビン)以下では電子移動が温度に依存しなくなることを発見、光合成における電子移動には量子トンネル効果が介在していることを示唆する論文を書かれています。西村先生の実験の話はこの本の第3章(翻訳書の98ページ)にのっています。九州大学にも量子生物学の研究室はありますし、最近は大阪大学でもこんな研究がたちあがっています。分子生物学会のワークショップでも量子生物学がとりあげられるなど、面白い研究分野になりそうです。

最近の日本語で書かれた量子生物学の入門書や総説についてはこちらの記事をごらんください。(2019年1月30日追記)

 

福岡にアインシュタインの脳があった!アインシュタインが訪れた九州大学と福岡(その4)

この前、アインシュタインの脳についての番組をNHKスペシャルでやっていました(アインシュタイン 消えた“天才脳”を追え )。とても興味深い番組で番組について書こうとおもっていたのですが、本日9月2日午後10時からBS1で、NHKスペシャルの番組の未収録場面を含めた特別編の放送(BS1スペシャル「アインシュタイン 消えた“天才脳”を追え 特別編」)があるようです。是非ご覧ください。
この番組の冒頭で、福岡市の近くの直方(のうがた)におられる先生がアインシュタインの脳をもっているといって見せておられるシーンがありました。先日私が生化学会の九州支部会で講演したときの懇親会で、NHKが取材に来てアインシュタインの脳をみせたという話をされていた杉元先生です。お兄さんがアインシュタインの脳を探る旅にでた方で、BBCでアインシュタインの脳を探るという番組がつくられたと記憶しています。九州には結構、アインシュタイン関係者がおられるのでびっくりしました。杉元先生のお兄さんの本は、「大追跡!!アインシュタインの天才脳 (講談社SOPHIA BOOKS)  2001/1 杉元 賢治 (著)」というもので、どこかで表紙をみた覚えがあります。いつも紹介しているInternetArchiveのWayBack Machine(昔のホームページを収集しているサイト)アインシュタインの脳についての杉元先生の日本語論文が集まっていますのでご覧ください。WayBack Machineは知財関係の調査などで企業などでも大活用されているサイトだそうです。
福岡もだんだん秋めいてきました。

アインシュタインが訪れた九州大学と福岡(その3)―アインシュタインの旅日記(日本語版)を読みました

このたびの豪雨災害にあわれた皆様にお見舞い申し上げます。近所の方も親戚の家が床下浸水になったとのことで、逆性石鹸(逆性セッケン)をもって後片付けにでかけておられます。猛暑がつづいていますが、どうぞお体を大切になさってください。

アインシュタインの旅日記。町の図書館にいって探してみると日本での旅日記は、なんと、2001年に世界ではじめて全文翻訳されていることを知りました。さっそくその本「アインシュタイン日本で相対論を語る」(講談社)を借りてきて読みました。アインシュタインの日本への旅日記の原本まで探し当てて内容を確認して翻訳した力作で、アインシュタインの日本滞在時の写真満載でとてもよい本ですので是非ご覧ください。エルサレムのアインシュタイン文書館からの序文の他、なんとフリーマン・ダイソンの日本版へのメッセージまで収録されています。ダイソンは有名な物理学者。繰り込み理論の研究でノーベル賞級の業績を上げた物理学者(ノーベル賞は3人しか受賞できない)で、SFフアンには有名なダイソン球の提唱者であり、水爆を使って推進する宇宙船オリオンの開発でも有名です。

もう一冊、図説アインシュタイン(河出書房新社)という本も借りてきました。こちらもアインシュタインの日本滞在の詳細な紹介があるうえに、アインシュタインの理論や生涯の簡潔な紹介が多数の写真や図をまじえて行われていてお勧めです。こちらの57ページには「幻のアインシュタイン招聘計画!」というエピソードが紹介されています。アインシュタインの来日のはるか前、アインシュタインがユダヤ人ゆえにチューリッヒで不遇だったころ、東北大学はアインシュタインを教授として招聘しようとしたのだそうです。当時の東北帝大総長も乗り気で、ヨーロッパにいた石原純教授に給料の額と任期を提示して交渉にあたってもらうように依頼したと書いてありました。私が高校のとき化学の先生が授業で、昔アインシュタインを教授として招聘しようとしたが、お雇い外国人の時代はおわった、日本人でないとだめだとか議会でいわれて没になった、もしアインシュタインがきていたら歴史は変わったのに、とおっしゃっていたのは本当だったようです。

九州大学に前に紹介しましたが桑木彧雄(くわきあやお)教授がおられました。この先生はドイツに留学していたとき、日本人としてはじめてアインシュタインを訪れて面会した方だそうです。たしかアポイントもなしで、おしかけたのではなかったでしょうか。
桑木文庫というのが九大図書館にあります。そこには数学や物理などの古典があつめられていますが、それはこの先生のコレクションです。またアインシュタインの日本訪問、福岡訪問に尽力された先生でもあります。上の「アインシュタイン日本で相対論を語る」の124ページには、アインシュタインが九州大学を訪問した時の記念写真が載っており、桑木教授がエルザ夫人の横に写っています。桑木先生はアインシュタインに高く評価されていたそうで、桑木先生への色紙には、
私が知りあう喜びを抱いた最初の日本の物理学者、認識論学者 桑木教授へ アルバート・アインシュタイン、1922年 自然はつんとすました女神である(同書 124ページ)とあります。

またどちらの本にもアインシュタインが福岡で講義したときの黒板は、ニスをぬって 現在の福岡高校(当時の福岡中学)に長く保存されていたとあり、その写真が載っています。しかし実物は敗戦後、ゆくえ不明になってしまったのだそうです。空襲でやられたのか、そのへんはいろんな説があるみたいです。(写真は梅雨明けの青空です)

アインシュタイン博士が訪れた九州大学と福岡(その2)―アインシュタインの旅日記の謎

アインシュタインの旅日記の謎―なぜアインシュタインは福岡を訪れたのか

今日はものすごい豪雨でしたが、先週の土曜日(6月30日)には九州大学医学部キャンパスにある百年講堂で開催された日本生化学会九州支部会のシンポジュウムで話させてもらいました。若い学生さんたちがいっぱいで熱気にあふれてとても楽しいひと時を過ごさせてもらいました。私達は長い間 この九州大学医学部キャンパス(馬出キャンパス―まいだしキャンパスと読みます)で研究していたので、懐かしい場所です。九州大学医学部キャンパスにはいろいろな見どころがあります。詳しく書いてあるホームページを見つけましたのでここにリンクを張っておきます。以前紹介したMr.トルネードのときもこの西日本シティ銀行の「ふるさと歴史シリーズ「博多に強くなろう」」を紹介しました。いろいろ福岡のことがわかって楽しいシリーズです。そのNo.79の「九州大学医学部のきらめく博士たち」という記事です。医学部キャンパスの詳しい紹介と地図もあって、とても面白いのでご覧ください。

さてその記事の中に、アインシュタインが福岡にくることになったいきさつが書かれています。アインシュタインの旅日記という英語版の本

The Travel Diaries of Albert Einstein The Far East, Palestine, and Spain, 1922 – 1923

が最近出版され、日本についてのとても好意的な意見が書かれていて話題になっています。これは当たり前でしょう。

1922年改造社の招きに応じたアインシュタインが日本にくる船中で血便が出る下痢と発熱の症状を訴えたとき、アインシュタインの奥さんElsaが、乗り合わせていた日本人の医師に治療をたのんだそうです。癌を心配していたそうですが、医師の診断は感染症ということで、医師の薬と治療で完治したのでした。ドイツ語を話すその医師の名は三宅 速(みやけ はやり)。九州大学医学部の外科学の教授、日本外科学会会長で国際外科学会役員、ヨーロッパに何年も滞在して医師として長く働いたことがある方でした。すぐに友人となった三宅医師にアインシュタインは日本訪問の際はかならず福岡の三宅さんのお家をたずねると約束。日本での講演旅行の行先に福岡が加えられたのだそうです。アインシュタインは福岡での講演会のあと、九州大学を訪問、そして三宅さんのお家でウイーンから運ばれてきていたピアノを弾いたとのことです。
三宅さんは何故、アインシュタインと同じ船に乗っていたのでしょうか。ポーランド版のWikipediaの記事によると、第一次世界大戦のあと、国際外科学会は大戦勃発の原因となった敵国であり敗戦国のドイツとオーストリアを学会から締め出す決定をしたそうです。三宅先生は国籍で外科医をしめだすというのはおかしいと主張して、反対の署名集めに奔走、アメリカやヨーロッパを訪問して多くの署名を集めました。その結果、世界的に著名な医学者の賛同署名があつまりました。有名なMayo クリニックの創始者のWilliam James、 Charles Horace兄弟、ボストンのCushing, セントルイスのGrahamなどの署名を含む集まった署名は学会を動かしたそうです。そうした活動の帰り道に乗船した北野丸にEinstein夫妻が偶然 同乗して日本へ向かっていたのです。

三宅先生はその後、もう一度ヨーロッパでアインシュタインと再会、旧交をあたためたそうですが、1945年、米軍の空襲で、岡山の防空壕に避難していたところを殺害されました。芦屋に住んでおられた三宅先生と奥様の三保さんを、息子さんが岡山の自宅に呼び寄せ、鳥取へ疎開する2日前のできごとだったそうです。

戦争が終わった後、息子さんがプリンストンにいたアインシュタインにご両親の死を連絡して墓碑銘へのメッセージをお願いしたところ、ドイツ語と英語のメッセージが届いたとのことです。そのメッセージはタイプうちされていたそうですが、沢山届けられていたアインシュタインの直筆の手紙から一字一字選んで肉筆のメッセージに変換、拡大して三宅先生のお墓に刻まれています。先生の出身地徳島県美馬市にあるお墓については美馬市の作成した動画がYouTubeにありますのでご覧ください。

Hier ruhen Dr. Hayari Miyake und dessen Frau Miho Miyake.Sie wirkten vereint für das Wohl der Menschen, Und schieden vereint als Opfer von deren Verirrungen.
Albert Einstein
この墓碑銘の翻訳は上の動画、あるいは西日本シティ銀行の記事にありますのでご参照ください。

以上の記事は西日本シティ銀行にある記事と、ポーランド語版のHayari Miyakeの記事オランダ語版の美馬市の記事に基づいてまとめました。どちらの記事もGoogle 翻訳(たとえばポーランド語を英語に翻訳して読みました。日本語への翻訳は英語への翻訳にはるかに劣ります)で読んだので間違っているところがあるかもしれませんので間違いはご容赦ください。詳しくは、九大図書館の蔵書にも、お孫さんが書かれた「アインシュタインからの墓碑銘」という本
lがあります。市販されておりますので是非お読みください。

 

ノーベル賞受賞者Sulston先生について

線虫C. elegansの研究でノーベル賞をとられたSulston先生が今年3月6日に75歳で亡くなりました。胃癌だったとのことですが、亡くなる一か月前までは仕事をしておられたとか。先生らしい最後だと思いました。昔、私がケンブリッジのMRC LMB (The MRC Laboratory of Molecular Biology )の John White先生のラボにいたとき、ハロウィーンのパーティーをSulston先生のご自宅でやるからということで、皆でうかがいました。夜でしたが、御庭の池のほとりには日本の提灯が灯をともしてぶらさげられていて、私もお土産に、息子の折った折鶴で口に小さな線虫を咥えているものを、何重もの箱の中にいれてお土産に先生に渡しました。先生は面白そうに箱を何回も開けて、やっとでてきた折鶴が、線虫をくわえているのをみて笑っておられました。

MRC LMBの線虫研究者John White先生の手で、世界で初めてレーザー共焦点顕微鏡が実用化された(MRC LMBの工場で組み立てたそうです)のですが、この MRCの線虫ラボには伝説の床というのがありました。Sulstonさんたちが世界ではじめて、線虫のすべての細胞の系譜Cell Linages(どの細胞がどんな細胞になるかという系譜)を明らかにしました。多細胞生物の細胞系譜の完全な記述は世界初の偉業でした。

その実験ノートが残っています。線虫の胚発生を実体顕微鏡で逐一観察し、丸椅子に腰かけて実体顕微鏡で線虫の発生する様子を逐一観察しては、ノートブックへ発生の様子を書き込み、また顕微鏡にもどって観察するという作業を繰り返していたそうです。その作業のたびに丸椅子がくるくる回るので、とうとう床に穴があいたのだそうです。それが伝説の床なのです。左の写真はその床の場所を私が撮影したものですが、さすがに床は修理されていました。

毎日4時間休みなしで観察する作業を2回くりかえし、18か月におよぶ観察で約1000個の体細胞からなる線虫のすべての細胞の発生の様子(細胞系譜:どの細胞が分裂して、どの細胞になり、どの細胞がいつ死ぬかなど)が明らかになりました(White先生が書かれたSulstonさんへの追悼の辞をごらんください)。そのノートの一例がMRC のサイトにありますのでご覧ください(写真)
A4のノートの一行目に日付が書いてあります。細胞は色鉛筆で色分けされて示してあります。観察しているSulstonさんに一番近い細胞が赤、その下が緑、次に離れているのが黒、次が青、次が紫という色分けで3次元の細胞配置をスケッチしています。、観察している時間が発生中の胚の部分の絵の左上に書き込んであります。丸で囲んであるのは、胚の発生開始後の時間です(分表示で205分、215分とか書いてありますね)。
当時は、自動で胚発生を観察して記録するシステムもなかったので、すべて直接観察で手書きでスケッチしていったのですね。ものすごい努力です。
私がMRC LMBの線虫ラボに留学していたときには、White先生がパイオニアのレーザーディスクに発生の様子を自動記録するシステムを完成させておられて、観察と記録がもうすこし楽にできるようになっていました。ちなみに、White先生はレーザー共焦点顕微鏡の開発の他、線虫の300個程度の全神経回路網(どの神経が体のどこにあって、その神経細胞がどの細胞と接触しているかというのの全貌:今でいうコネクトーム)を解明したのでも有名です。

Sulston先生はその後、線虫ゲノムの配列解析の偉業にとりくまれて、完成。多細胞生物ではじめての全ゲノム配列の決定に成功しました。このプロジェクトの経験は、続いてSulstonさんと Bob Waterston先生(当時MRC LMBのポスドクで、セントルイスのワシントン大学へ移動)がとりくんだヒトゲノム配列の決定に大きく寄与したのです。Sulstonさんや線虫の研究者は、得られた成果を囲いこむことなく広く皆で共有するという秀逸な方針をもちつづけたため、ヒトゲノム配列の決定結果を売りだしたVenterたちとは対立し、急いでヒトゲノム計画を完成させました。、他にも乳癌遺伝子の成果を特許で囲い込もうとする動きにも鋭く対立しておられたと記憶しています。近年は生命科学と倫理の問題にとりくんでおられたと聞いています。

ここに載せている実験ノートの写真もCC BY 4.0といういう自由に利用できるという宣言がなされているものです。Sulstonさんの研究データの公開、共有という方針とおなじですね。

歴史にのこる科学者Sulston先生のご冥福をお祈りするとともに、その精神を受けついていくのが大事だと思います。

春真っ盛りです。「Mr.トルネード~気象学で世界を救った男~」

本日づけで九州大学の野村研究室のホームページの更新を停止しました。このページが今後のホームページになります。
外を散歩しているとまだアザミが満開で美しいです。タンポポは種になってとんでいます。今年は桜もとても美しく、また自宅のリンゴの木に沢山花がさきました。八重桜をバックの写真をご覧ください。

NHKのBS1でブレイブという番組シリーズの再放送をしていました。
「Mr.トルネード~気象学で世界を救った男~」

という番組でした。面白かったです。以前、図書館から『Mr.トルネード 藤田哲也 世界の空を救った男』佐々木健一著という伝記を借りてきて読みました。藤田哲也は、アメリカにわたり気象学者として世界的業績(気象学のノーベル賞といわれるフランス国立航空宇宙アカデミー賞・金メダルも受賞)をあげました。シカゴ大学教授でノーベル賞をとった自発的対称性の破れで有名な南部陽一郎先生のお友達でもあります。竜巻の規模を表す藤田スケールの導入は有名ですが、最大の業績は飛行機の墜落原因となるダウンバーストの発見と検出方法の確立です。ドップラーレーダーをつかったダウンバーストの存在の証明、そしてドップラーレーダーによるダウンバーストに起因する墜落防止システムの確立によって、それまで頻発していた謎の墜落が皆無となり、世界の空の旅が格段に安全になったのは藤田先生の業績です。世界の空を救った男といわれるゆえんです。

北九州生まれで明治専門学校(現在の九州工業大学)卒業。そのまま同校の物理の助教授となり、長崎や広島の原爆の被害調査にも現地入りしていた人です。彼は気象の研究のため地元福岡県の背振山気象観測所で雷雲を観測、つよい下降気流が雷雲から発生することを発見して英文の論文を書きました。それが彼の気象学デビューです。ある日、背振山の気象庁観測所で気象観察していたとき、アメリカ軍に占領された隣のレーダーサイトのゴミ箱に、アメリカの気象学雑誌がゴミで出されており、読んでみると自分の発見した下降気流の存在をアメリカで巨大プロジェクトでみつけたという論文でした。自分の論文と同じ結果だったので、さっそくアメリカの気象学者に手紙をだしました。なんとそれがアメリカの気象学界の大御所で、返事がきたのです!自分のところに助手としてこないか?という手紙でした。博士号がないんですと返事すると、ではとったらおいでなさい。まっているから…。ということでした。東大で博士号を取得してシカゴ大学へと旅立ったのが始まりでした。

福岡の西のはずれにある背振山から福岡市と三郡山をみつめていた藤田先生のことが思い起こされます。西日本シティ銀行のふるさと歴史シリーズ「北九州に強くなろう」藤田哲也というホームページに面白いエピソードとともに藤田先生のことが紹介されているので是非ご覧ください。