英語の科学jokeを一つ紹介します。

英語のjoke:科学界で有名なものを一つ紹介します。
こんなjokeです。
In relation to the problem of the connection between mind and matter, I may perhaps tell a small joke about an English philosopher, who had fond and excellent solution to this question: “What is mind – it does not matter, What is matter – never mind”. Unfortunately, it is untranslatable.
1979年に京都の宝ヶ池国際会議場で開催された第三回国際量子化学会議のLöwdin先生による開催挨拶からの引用です。
Opening address at the third international congress of quantum chemistry by Per-Olov Löwdin, President of the International Academy of Quantum Molecular Science. from Horisons of Quantum Chemsitry, xv-xviii, K. Fukui and B. Pullman (eds), copyright 1980 by D. Reidel Publishing Company

私も大学院生の時参加して生でこの挨拶を聞きました。Löwdin先生が物質と精神について、量子力学の観測者の役割に触れた後、量子現象の観測者である人間は物質であるので、人間自体も量子現象によって説明されると話されました。そのうえで、量子現象としての物質とその観測者、そして物質からなる観測者の物質としての量子力学的解明という円環(あるいはらせん)状の関係について議論されました。この円を一回まわるごとに物質と精神に対する理解も深まっていくと述べて、量子生物学の将来性について語った直後のジョークです。講演の最初のほうでは、観測者である人間の意識の投影がこの世界であるという、古い東洋の哲学についても触れられていましたが、京都での開催ということでそういう話が最初に出てきたのだと思います。
上のjokeは有名ですので、他の方がときどき話されるのを聞いたことがあります。覚えておくと皆さんも使う機会があるかもしれません。

Waddingtonの本やEbertさんの発生の教科書、そしてシュペーマンの伝記がオンラインで読めます!

今日は国立国会図書館の個人送信サービスで読める発生生物学関係の本を紹介します。私の大学院の指導教官だった岡田節人先生と奥様の岡田瑛さんが訳されたWaddingtonの本Principles of Development and Differentiationの訳「発生と分化の原理」が読めます。
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2429808/75?tocOpened=1
以前このブログで紹介したepigenetic landscapeの解説ものっています。また岡田夫妻が訳された「発生そのメカニズム」というEbertさんが書いた本も読めるようになっています。
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1382429
これは古いですが、とてもわかりやすい通読可能な発生生物学の教科書でした。Ebertさんについては前にこのブログでも書きました。あと、オーガナイザーの研究でノーベル賞を授賞したシュペーマンの伝記も読むことができますので紹介しておきます。「発生生理学への道」という絶版本です。シュペーマンの学生で弟子、そして共同研究者であるオットー・マンゴルド(オーガナイザーを発見したヒルデ・マンゴルドは、この本を書いたマンゴルドの奥さんです)の書いたシュペーマンの科学的伝記です。シュペーマンの仕事を発展させた福岡大学の景浦宏先生が大学院生時代、熟読していた本です。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1374616

セントジェルジ博士Albert Szent-Györgyiの著作がオンラインで読めます

このブログで何回か、Albert Szent-Györgyi博士のことをとりあげました。昨日の記事にのせた中央公論社の世界の名著66 現代の科学Ⅱには博士の短い講演が掲載されています。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2988842
今日はセントジェルジ博士の著書を何冊か、国立国会図書館の個人送信サービスの本から紹介します。

博士はビタミンCの発見でノーベル医学生理学賞を受賞した後、クレブスサイクルの発見にあと一歩のところまで迫り(セントジェルジのサイクルの発見)、第二次世界大戦中は筋肉の収縮を世界で初めて試験管内で実現して観察することに成功しています。つまりアクチン(セントジェルジ研究室メンバーの命名)とミオシンを混ぜて人工的に作った繊維にATPを加えて試験管内で繊維を収縮させることに成功し、アクチンとミオシンがともに筋肉収縮に不可欠であることを発見しました。博士の筋収縮の研究は日本の科学者にも大きな影響を与えました。江橋節郎夫妻や丸山工作先生は有名です。その後、セントジェルジ先生は量子生物学が重要だと唱えはじめて多くの著書を書いておられます。私は京都で開催された国際量子化学会議に参加しましたが、その時は懇親会でハンガリーにおられる博士の共同研究者Ladik教授や京都府立医科大学におられた品川嘉也・泰子先生ご夫妻といろいろ話ができたのは楽しい思い出になっています。

セントジェルジ博士は前に書きましたように政治的にも活発に活動した方です。第二次世界大戦中はヒットラーに対抗してレジスタンスを組織し、ソ連がハンガリーを開放してからは大統領にという声もあったそうですが、ソ連の圧政に対抗して祖国を去ってアメリカに移住されました。共産主義と関係があったということでアメリカでも政府に目をつけられたようですが、ウッズホール臨海実験所で筋肉研究所を開設して研究を続けられたようです。博士のベトナム戦争反対は有名な話です。このあたりを博士が書かれた本、「科学・倫理・政治」もオンラインで読めるようになっています。巻末には博士の簡単な自叙伝もついていますのでとても参考になると思います。
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1381746
最初によむ本としてはこれがおすすめです。

また、博士の量子生物学についての初期の著書 Introduction to a Submolecular Biology の翻訳もオンラインで読めますので興味のある方はご覧ください。廣川書店から「分子生物学入門―電子レベルからみた生物学」というタイトルで出版された本です。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2428890
この本はセントジェルジで検索してもヒットしませんでした。私が今も持っている本ですので、出版元の廣川書店をキーワードにして検索して探しだすことに成功しました。

国立国会図書館でセントジェルジで個人送信資料を検索すると、他にも「生命の本質」(Nature of Lifeという題の筋収縮の本です。中にはタンパク質が半導体として機能しているのではないかという仮説も述べられています)https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1371660やBioenergeticsの翻訳書https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1377188がヒットします。「生命の本質」の中には、アクトミオシン線維がATP を加えた後、収縮している写真がのっています。

朝ドラの「カムカムエヴリバディ」になぜ松本亨先生が登場しなかったのか?

朝ドラの「カムカムエヴリバディ」を途中から最終回まで全部みました。朝たまたまテレビをつけてたら「趣味の園芸」でおなじみの村雨辰剛さん(スウェーデン出身で日本国籍を取得された方)が進駐軍の将校役で出ておられたのでその回からみてしまいました。筋肉体操で有名な方ですが本職は庭師で「趣味の園芸」のナビゲーターをつとめておられます。私達が見始めたのはちょうど悲惨な戦争が終わってからの話でした。とても面白い朝ドラで久しぶりに毎日楽しくみられました。ラジオ英会話を軸に進む話で、平川先生の英会話番組で主人公が英語を学びます。平川先生の後は松本亨先生だと思っていましたがドラマでは、松本亨先生はでてきませんでした。なぜか松本亨先生の後をつがれた東後勝明先生の英会話になっていました。

私は高校生のころから松本亨先生のラジオ英会話を聴いていました。オープニングのthere’s a golden harp in the heaven for meという歌を今でも時々口ずさんだりしています。松本亨先生が朝ドラに出てこなかったのは何故でしょう?昨日紹介した松本亨先生の著書「続・英語と私」を読むとなんとなく理由がわかるような気がします。

松本先生は大学生でアメリカに留学中に戦争がはじまり、日本人はみな強制収容所に入れられてしまいます(米国籍をもっている日系人も強制収容所に入れられました。これは大きな誤りだったと公的に後に謝罪されています)。松本先生のこの本には収容所の様子、そして釈放されたあと帰国せずに米国で牧師の資格をとられて、戦争中に、日本人として全米の教会で講演してまわられた話がでています。日本人が教会で話すなら教会から脱退するとか、日本人が教会で話していると聞いて怒鳴り込んでくる人がいたり、松本さんを中国人とまちがえて肩をくんできたアメリカ人が日本人を殺してやりたいといったりした経験が書かれています。アメリカの教会の方がたが毅然とした態度で平和のために、日本人による英語の説教を教会で実施した様子が活写されているので是非ご一読をおすすめします。家族を戦争で日本人に殺されたという家族の方が松本さんの説教のあとで話をきけてよかったといってくださったという話もあったと思います。松本亨さんの戦時中の話だけで朝ドラが一本できるというほどの先生なので、今回の朝ドラでは登場されなかったのだと思いました。

松本先生はとても英語がお上手で、英語で説教ができる先生です。先生の書かれた沢山の本は(英語演説の本もあります)どれも参考になりますので、国立国会図書館の登録を済ませた皆さんに、是非オンラインでの一読をお勧めしたいと思います。

私の体験した不思議な話

不思議な話その2
今日は勉強の話はやめて不思議な話をすることにします。

5月6日の記事では、母から聞いた不思議な話について書きました。今日は私と奥さんの二人が体験した不思議な話です。
大阪四ツ橋にあった電気科学館の思い出です。1989年に閉館して今は大阪市立科学館に引き継がれているそうです。
https://www.sci-museum.jp/about/history/denki_kagakukan/
私がまだ幼稚園か小学校1,2年だった頃、母にせがんで大阪の電気科学館に連れて行ってもらいました。プラネタリウムを生まれて初めて見て大興奮。その後は階下の科学や電気関係の展示を見て回って、いろいろ遊んで楽しかったです。お土産を選ぶのもわくわくでした。天体望遠鏡に興味をもったのもこのころのことです。

私が大学生の時、デートでこの大阪の電気科学館に遊びにいきました。今の奥さんと二人でプラネタリウムを見た後、展示物をみて遊んでいたのですが、彼女が階の上のほうの踊り場を指さして、「あ!野村君がいるやん!」というのです。見上げてみると、当時にはふさわしくないレトロな和服の中年の女性につれられてレトロな洋服をきた小学校一年くらいの男の子が楽しそうに展示物の間を走り回っていました。昔、電気化学館に連れてきてもらったとき、母は着物で、私はちょうどその子と同じような服装でした。男の子はアルバムに残っている私の子供の時の写真にそっくりでした。その二人はすぐどこかに行ってしまいましたが、まるで過去の風景をまざまざとみているような気持に襲われたのを覚えています。一人ではなく二人で見たので、今でもあれはなんだったのかと二人で時々思い出します。当時私の母はすでに亡くなっていたので、奥さんは母に会ったことはないのですが、一目で私と私の母だと直観したそうです。大林宣彦監督の映画に「はるか、ノスタルジィ」という作品がありました。あんな映画や小説があるくらいですから、似たような経験をした人もいるのかもしれませんね。
今日のリンクはComputation Resources for Molecular Biology というJournal of Molecular Biologyという由緒ある雑誌の特集号です。Open accessの記事が多いので興味のある記事を読むとよいと思います。コンピュータでの実験結果のバイオインフォマティクス解析をやりたい人には大いに参考になる特集号だと思います。
https://www.sciencedirect.com/journal/journal-of-molecular-biology/vol/434/issue/11

宮澤賢治の有機交流電燈とは?

宮澤賢治の詩集「春と修羅」(大正13年1924年1月20日発行)には印象深い詩がいろいろのっています。最初のページ(序)はこんな風にはじまります。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/979415/3

わたくしといふ現象は
假定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといっしょに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち、その電燈は失はれ)

これらは二十二箇月の
過去とかんずる方角から
紙と鑛質インクをつらね
(すべてわたくしと明滅し
 みんなが同時に感ずるもの)
ここまでたもちつゞけられた
かげとひかりのひとくさりづつ
そのとほりの心象スケッチです

https://web.archive.org/web/20160325205750/http://why.kenji.ne.jp/haruto_f.html

だいぶ前になりますが、論文を読んでいる時、哺乳類のほとんどすべての遺伝子の発現はサーカディアンリズムによる日周変動をしているという論文をみつけました。そしてその発現変動を電気の交流回路になぞらえて説明しているのを読んで、賢治のこの詩を思い出して驚いたのを覚えています。その論文(下のリンクの一番下の論文)のとおりだとしたら、私達はたしかに有機交流電燈で、遺伝子の発現は交流を記述する理論のような遺伝子回路に従って、増えたり減ったり、つまり明るくなったり暗くなったりしているのです。私達の体は様々な遺伝子が細胞内でせわしく明滅している有機交電燈の集積なのかもしれません。賢治の詩人と科学者としての洞察あるいは直観の鋭さに驚かされます。下の詩も私の好きな詩です。ここより画像を引用しております。
関連する遺伝子発現変動の論文のリンクを三つあげておきます。
https://europepmc.org/article/pmc/5836834

https://www.tandfonline.com/doi/pdf/10.3109/07853890.2010.538078?needAccess=true
https://journals.plos.org/ploscompbiol/article?id=10.1371/journal.pcbi.0030120

漱石はタイムマシーンを読んだか?

先日は漱石の弟子、寺田寅彦のことを書きました。寅彦は漱石が熊本で高等学校の先生をしていたときの生徒でした。物理学が大変革を経験していた時代に生きた漱石はロンドン滞在時代に化学者の池田菊苗が同じ下宿に滞在したこともあり、科学への興味をかきたてられて、文学を科学として考えるプランをたてたようです。その成果が、帰国後東京大学で行った講義をもとに刊行された「文学論」です。漱石はあのラフカディオ・ハーンの後任だったため、独創的な科学としての文学をねらう講義は大変不評であったと伝えられています。その後も漱石の科学への興味は続いて、原子論なども寅彦と議論していたようです。この辺のところは中公新書の「漱石が見た物理学 首縊りの力学から相対性理論まで」)小山慶太著(古本で入手できます)に詳しく書いてあるのでおすすめします。

このように科学に強い漱石でしたが、漱石の「夢十夜」(1908年)を読むと、まるで映画のタイムマシンでみたような描写に驚かされます。
第一夜を引用してみます。

第一夜

こんな夢を見た。
腕組をして枕元にすわっていると、仰向あおむきに寝た女が、静かな声でもう死にますと云う。女は長い髪を枕に敷いて、輪郭りんかくやわらかな瓜実うりざねがおをその中に横たえている。真白な頬の底に温かい血の色がほどよく差して、くちびるの色は無論赤い。とうてい死にそうには見えない。しかし女は静かな声で、もう死にますと判然はっきり云った。自分もたしかにこれは死ぬなと思った。そこで、そうかね、もう死ぬのかね、と上からのぞき込むようにして聞いて見た。死にますとも、と云いながら、女はぱっちりと眼をけた。大きなうるおいのある眼で、長いまつげに包まれた中は、ただ一面に真黒であった。その真黒なひとみの奥に、自分の姿があざやかに浮かんでいる。
自分はとおるほど深く見えるこの黒眼の色沢つやを眺めて、これでも死ぬのかと思った。それで、ねんごろに枕のそばへ口を付けて、死ぬんじゃなかろうね、大丈夫だろうね、とまた聞き返した。すると女は黒い眼を眠そうに※(「目+爭」、第3水準1-88-85)みはったまま、やっぱり静かな声で、でも、死ぬんですもの、仕方がないわと云った。
じゃ、わたしの顔が見えるかいと一心いっしんに聞くと、見えるかいって、そら、そこに、写ってるじゃありませんかと、にこりと笑って見せた。自分は黙って、顔を枕から離した。腕組をしながら、どうしても死ぬのかなと思った。
しばらくして、女がまたこう云った。
「死んだら、めて下さい。大きな真珠貝で穴を掘って。そうして天から落ちて来る星の破片かけ墓標はかじるしに置いて下さい。そうして墓の傍に待っていて下さい。またいに来ますから」
自分は、いつ逢いに来るかねと聞いた。
「日が出るでしょう。それから日が沈むでしょう。それからまた出るでしょう、そうしてまた沈むでしょう。――赤い日が東から西へ、東から西へと落ちて行くうちに、――あなた、待っていられますか」
自分は黙って首肯うなずいた。女は静かな調子を一段張り上げて、
「百年待っていて下さい」と思い切った声で云った。
「百年、私の墓のそばに坐って待っていて下さい。きっと逢いに来ますから」
自分はただ待っていると答えた。すると、黒いひとみのなかにあざやかに見えた自分の姿が、ぼうっとくずれて来た。静かな水が動いて写る影を乱したように、流れ出したと思ったら、女の眼がぱちりと閉じた。長いまつげの間から涙が頬へ垂れた。――もう死んでいた。
自分はそれから庭へ下りて、真珠貝で穴を掘った。真珠貝は大きななめらかなふちするどい貝であった。土をすくうたびに、貝の裏に月の光が差してきらきらした。湿しめった土のにおいもした。穴はしばらくして掘れた。女をその中に入れた。そうして柔らかい土を、上からそっと掛けた。掛けるたびに真珠貝の裏に月の光が差した。
それから星の破片かけの落ちたのを拾って来て、かろく土の上へ乗せた。星の破片は丸かった。長い間大空を落ちているに、かどが取れてなめらかになったんだろうと思った。げて土の上へ置くうちに、自分の胸と手が少し暖くなった。
自分はこけの上に坐った。これから百年の間こうして待っているんだなと考えながら、腕組をして、丸い墓石はかいしを眺めていた。そのうちに、女の云った通り日が東から出た。大きな赤い日であった。それがまた女の云った通り、やがて西へ落ちた。赤いまんまでのっと落ちて行った。一つと自分は勘定かんじょうした。
しばらくするとまた唐紅からくれない天道てんとうがのそりとのぼって来た。そうして黙って沈んでしまった。二つとまた勘定した。
自分はこう云う風に一つ二つと勘定して行くうちに、赤い日をいくつ見たか分らない。勘定しても、勘定しても、しつくせないほど赤い日が頭の上を通り越して行った。それでも百年がまだ来ない。しまいには、こけえた丸い石を眺めて、自分は女にだまされたのではなかろうかと思い出した。
すると石の下からはすに自分の方へ向いて青いくきが伸びて来た。見る間に長くなってちょうど自分の胸のあたりまで来て留まった。と思うと、すらりとゆらくきいただきに、心持首をかたぶけていた細長い一輪のつぼみが、ふっくらとはなびらを開いた。真白な百合ゆりが鼻の先で骨にこたえるほど匂った。そこへはるかの上から、ぽたりとつゆが落ちたので、花は自分の重みでふらふらと動いた。自分は首を前へ出して冷たい露のしたたる、白い花弁はなびら接吻せっぷんした。自分が百合から顔を離す拍子ひょうしに思わず、遠い空を見たら、あかつきの星がたった一つまたたいていた。
「百年はもう来ていたんだな」とこの時始めて気がついた。

いかがでしょうか。タイムマシンを思わせますね。ウエルズがタイムマシンを書いたのは1895年ですので、漱石が英国滞在中、あるいは帰国後にタイムマシンを読んでいたかもしれませんね。

漱石の蔵書にはウエルズのタイムマシンは無いみたいです。東京大学図書館にはあったはずですので寅彦が紹介していたかもと思っています。寅彦の随筆にはでてきますので。

動物愛護と動物実験、線虫シーエレガンスのわかりやすい入門用論文

今日は線虫C. elegans(シーエレガンス)の紹介です。最近、動物愛護の声がたかまってきて実験動物としてマウスでさえ使用が抑えられる傾向がでてきています。製薬会社などでも動物を使った実験が難しくなってきているので、培養細胞を利用するのと、線虫C. elegansなどを利用して薬剤開発に役立てようという流れがでてきているようです。昔は動物愛護の人は、計算機のなかで薬剤開発ができるはずだといったりしていましたが、なかなかそう簡単にはいかないものです。また動物愛護の人の中には、研究室に忍び込んで実験に使われているマウスを逃がしたり、ひどい場合は手紙爆弾を作って送り付けて人を殺そうとする輩もいました。私がCambridge大学の動物学教室にいたときは、建物に爆弾を仕掛けたという犯行声明がでて、実験サンプルやノートをもって避難したこともあります。建物の中に爆発物検知犬が警官(ポリース)に綱をもたれて歩き回っていました。(結局爆弾はなかったです)。なんで動物は愛護するのに、人を殺したりするのか、その辺の精神が私には理解不能です。話がそれましたが、現在は動物愛護の精神が普及しているので、マウスやイヌ、サルなど意識のある動物の使用を別の意識のないもの(線虫とかハエとか)に置き換えて実験したり、意識のある動物の使用数を減らしたり、動物の使用方法を改善してよりより苦痛がなく、より無駄な実験がないようにするという機運が高まっています。これをThe 3Rs alternatives(Replacement, Reduction and Refinement)というそうです。この解説を読んでみてください。Hubrecht, R. C., and E. Carter. 2019. The 3Rs and Humane Experimental Technique: Implementing Change. Anim. Open Access J. MDPI. 9: 754.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6826930/
線虫はこの流れにピッタリのモデル生物なので今後の活用が期待されるというわけです。英語ですが、こちらには線虫のわかりやすい解説がのっています。
A Transparent Window into Biology: A Primer on Caenorhabditis elegans 
著者はAnn K. Corsi,Bruce Wightman,and Martin ChalfieでChalfieさんはノーベル賞を下村先生と同時受賞した線虫C. elegansの研究者です。無料でダウンロード可能ですのでpdfと書かれている部分をクリックしてダウンロードしてみてください。https://academic.oup.com/genetics/article/200/2/387/5936175
訂正のpdfのリンクもあります。

https://academic.oup.com/genetics/article/201/1/339/5930076
これからおいおい線虫の活用についてもこのブログで触れていく予定です。

母から聞いた不思議な体験談を紹介します

今日は科学とは関係のない話の紹介です。私の母から聞いた話です。母は幼いときに実母を病気でなくし、すぐ継母がきて奉公にだされたそうです。母が7歳の時、母のお母さん(当時29歳)が病気で亡くなる日のことでした。親戚が集まっており、私の母は病気のお母さんの隣の部屋で親戚の人に寝かしつけられていたそうです。眠っていた母がふと目をあけると、ふすまのところにお母さんが立っているので、「おかあちゃん元気にならはったんや!」、「おかあちゃんがそこに立ったはるやん!」と喜びの声をあげたそうです。しかし大人には何も見えていないようで、大人たちが、ものすごく怖がっていたと、母が話してくれました。私の母のお母さんはその日に亡くなったのでした。私の京都の家には、私の母のお母さんの位牌がありました。母が毎日その位牌に御線香をあげて手を合わせていたのを覚えています。私の母が亡くなった後、母の位牌も作って仏壇に並べたのですが、片付けているときに二つの位牌の裏を見て驚きました。私の母の命日と、母のお母さんの命日は同じだったのです。年末も近い、寒い京都の冬の日でした。

今日のリンクは以下です。明治大学金子研究室ホームページです。
https://datachemeng.com/
昨日、講談社のKindle ポイント50%セールで明治大学の金子先生の教科書を買いました。「Pythonで学ぶ実験計画法入門 ベイズ最適化によるデータ解析」金子弘昌著。これはとても面白い本ですのでおすすめします。また先生の研究室のホームページの上にあるタブにある「データ解析・研究者に関する情報」というプルダウンメニューをご覧ください。いろんな研究に関する知識をおしげもなく公開されているのでおすすめです。たとえば「データ解析・機械学習」のメニューhttps://datachemeng.com/summarydataanalysis/などをみてください。「学生・研究者へ」というメニューもお勧めします。https://datachemeng.com/forstudentsresearchers/
英語論文の書き方、発表の仕方などなど、様々なtipsも学べます。

ルクレチウスの本のこと

にわかに春めいて来て、あちこちに花が咲きだしています。
以前にルクレチウスについては記事を書きました。今日はルクレチウス(ルクレティウス)についての本の紹介です。岩波書店から2020年に刊行された『ルクレティウス 『事物の本性について』――愉しや、嵐の海に』 (書物誕生 あたらしい古典入門) 、岩波書店、 2020/8/5、小池 澄夫・瀬口 昌久 (著)という本です。出版されてすぐ買って読みました。とてもよい本で、ルクレティウスの本が、無神論の本なのになぜ消されずに残ったかという謎や、魂の原子についての議論など、これからルクレティウスを読んでみようという人、そして読んだことのある人が次に読む本としてはベストの本だと思います。日本西洋古典学会の新刊書コーナーに著者による自著の紹介がでています。その紹介によると、ルクレティウスの「事物の本性について」の日本語訳は、なんと仁科記念賞を授賞した東京大学の物理学者 岩田義一先生による翻訳が最も優れているのだそうです。岩田先生は東京大学の講師時代、ノーベル賞を授賞した南部陽一郎さんを指導していたそうです。物性研究という雑誌にのった南部先生の回想をご覧になるとわかります。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/soken/112/6/112_KJ00004715042/_pdf

岩田先生は助手のころは物理学教室の小平邦彦先生(数学者でフィールズ賞受賞した先生)の助手、そして東大を兼担されていた湯川秀樹先生の助手もつとめていたとのことです。岩田はルクレティウスの翻訳のためにギリシャ語・ラテン語を学んだとあります。翻訳は世界古典文学全集〈第21巻〉ウェルギリウス,ルクレティウス(筑摩書房)で読めます(中古品しかありません。図書館でみることができると思います)。下のリンクは、岩波の本の著者のお一人、瀬口 昌久先生(名古屋工業大学教授)のルクレチウスについて書かれた日本語の論文です。参考になるかと思います。
http://id.nii.ac.jp/1476/00001524
http://id.nii.ac.jp/1476/00001515