新型コロナウイルスSARS-COV-2のワクチンの接種がすすんでいます。3回目の接種も国民の6割を超えたとか。そこで今日は、糖鎖生物学からみたワクチンの話です。現在接種が行われているmRNA(メッセンジャー・アールエヌエーと読みます。エム・アールエヌエーというと専門家風に聞こえます)ワクチンは、分解しにくいように塩基を改変した合成mRNAが主成分です。このmRNAはウイルスの表面に生えているスパイクタンパク質(SpikeのSをとってSタンパク質とよばれます)を作るもので、このmRNAを入れた脂質ナノ粒子を筋肉注射します。注入されたmRNAが、体内で翻訳されてスパイクタンパク質(Sタンパク質)が合成され、これを異物として体が認識するので抗体ができ、その抗体は感染してきたウイルス表面のSタンパク質を攻撃するのでウイルスの感染が成立しなくなるというわけです。下はオープンアクセスの解説(総説)からとった解説図です。総説はこちらから読めます。mRNAワクチンについての概観を得るのに最適の解説だと思います。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8071766/
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/core/lw/2.0/html/tileshop_pmc/tileshop_pmc_inline.html?title=Click%20on%20image%20to%20zoom&p=PMC3&id=8071766_ijbsv17p1446g002.jpg
上が図へのリンクです。
さて、このワクチンに含まれているmRNAの配列は公表されていますが、ワクチンそのものからmRNAを回収して配列決定した方もいます。その配列はたしかにSタンパク質のmRNAのものであり、間違いなくSタンパク質を体内で作ると期待されます。
https://github.com/NAalytics/Assemblies-of-putative-SARS-CoV2-spike-encoding-mRNA-sequences-for-vaccines-BNT-162b2-and-mRNA-1273/blob/main/Figure1Figure2_032321.fasta
このSタンパク質、実は糖鎖と結合するのですが、この事実はあまり知られていません。Sタンパク質はタンパク質なので、特定の配列のアミノ酸がつらなって配列している分子です。Sタンパク質の中にある、アルギニンなどプラスの電荷をおびているアミノ酸がつらなって並んでいる配列の部分が、細胞表面の糖鎖の一種であるグリコサミノグリカン(グリコサミノグリカンglycosaminoglycan: GAGと略されます)と強固に結合します。グリコサミノグリカンというのはマイナスに電荷を帯びている糖鎖で多くの場合、タンパク質と結合してプロテオグリカンとよばれる糖タンパク質として存在しています。Sタンパク質のアミノ酸配列中にはプラス電荷の多いアミノ酸からなる部分が最低3つあり、これがマイナスの電荷をおびているグリコサミノグリカン(ヘパリンやヘパラン硫酸、コンドロイチン硫酸、ヒアルロン酸などの糖鎖部分をいいます)と結合するのです。日本やスエーデン、米国など世界各国でSタンパク質がグリコサミノグリカン、特にヘパリンと強固に結合することが論文発表されています。一例としてEsko先生のグループの論文を紹介しておきますので興味のある方はご覧ください。https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32970989/
このリンクから論文がダウンロードできます。
https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(20)31230-7?_returnURL=https%3A%2F%2Flinkinghub.elsevier.com%2Fretrieve%2Fpii%2FS0092867420312307%3Fshowall%3Dtrue
その他のレセプターについては以下をご覧ください。https://www.nature.com/articles/s41392-021-00653-w
このSタンパク質は、3つあつまって三量体となって働きます。Sタンパク質が結合するのはACE2というタンパク質(アンギオテンシン・コンバーティング・エンザイム2=つまり血圧調節などに働いているアンギオテンシンというタンパク質を活性型に切断する酵素)です。糖鎖生物学の研究によると、ACE2と結合するとき、Sタンパク質は先ほど述べたプラス電荷の多い部分を利用して、さきほど述べたグリコサミノグリカン(プロテオグリカンなど)とも結合して感染が成立するそうです。
すなわち新型コロナウイルスの結合にはACE2とグリコサミノグリカン両方が必要とされています。興味深いことに、このグリコサミノグリカンとの結合配列ですが、以前流行したSARSやMERSではアミノ酸配列が異なっており、今回のウイルスほど結合力が強くなかったようです。SARSやMERSウイルスがグリコサミノグリカンと結合するという報告もなかったのではないでしょうか。
以上まとめると、Sタンパク質は体内のグリコサミノグリカンとよばれる糖鎖と強力に結合します。論文によるともっとも強固に結合するのは硫酸化されて強いマイナス電荷をおびているヘパリンだそうです。新型コロナウイルスが感染する血管の上皮細胞(血管内皮細胞)はプロテオグリカンに覆われていますし、肺もプロテオグリカンが豊富な器官です。新型コロナウイルス感染症が肺と血管の病気と言われる理由がこのへんにあるわけです。
そこで思いつくのは感染を阻害するにはSタンパク質に結合するグリコサミノグリカンを血中にいれてやるという治療法です。血中にはいったグリコサミノグリカンはウイルスのSタンパク質にべたべたとくっつくので、ウイルスの感染を阻害できるはずです。実際、ヘパリンを注射すると感染が阻害されることがわかっています。
ヘパリンは血液凝固阻害剤(ヘパリンはアンチトロンビンやその他の成分と結合して血液凝固を阻害するので血栓ができそうなときに予防と血栓溶解のためによく用いられます)として医療で日常的に利用されているグリコサミノグリカンで、5つの糖が並んだ糖鎖からなるヘパリンが普通に治療には使われているようです。ヘパリンはマスト細胞(肥満細胞)という免疫系の細胞が細胞質内に大量にたくわえている生理活性分子で、マスト細胞は他にヒスタミンや血小板活性化因子なども含んでいて、アレルギー反応に関与する重要な細胞です。この肥満細胞は肺に多いですし、肺にはプロテオグリカンも豊富です。肥満細胞の分泌するヘパリンは血栓の生成を抑えるはたらきが強いグリコサミノグリカンです。抗凝固作用はヘパリンが最強で、ヘパラン硫酸プロテオグリカンと呼ばれる一群のプロテオグリカンの抗凝固作用をしのぐ強さです。
以上の知識をもってワクチンについて考えてみましょう。
ワクチン接種でSタンパク質が体内にできると、三量体になってそれぞれがヘパリンあるいは体内の別のプロテオグリカン(たとえばヘパラン硫酸とかコンドロイチン硫酸)と結合するでしょう。可能性として考えられるのは、
1)これによってヘパリンやプロテオグリカンの体内での減少が引き起こされるかもしれません。ヘパリンへのSタンパク質の結合によって、ヘパリンの制御ネットワークが影響されて血栓につながる可能性はないでしょうか。
2)あるいは、Sタンパク質とヘパリン(あるいはその他のプロテオグリカン)の複合体に対して自己抗体ができたりする可能性も思いつきます。
ウイルス感染にともなっておこる血栓がワクチンでもおこっているとしたら、ワクチンの合成するSタンパク質を原因として疑うのは自然です。そのへんのところは、ちゃんと調べられているのでしょうか。専門家の方々に教えてもらいたいところです。
新型コロナウイルスは血管の内皮細胞(血管をつくっている上皮細胞を内皮細胞とよびます)を攻撃することが知られています。そして内皮細胞はびっしりと糖衣(とうい=グライコケイリックス)でおおわれており、糖衣の成分としてヘパラン硫酸などおプロテオグリカンが存在するのでこれとACE2 の複合体にウイルスがくっつくわけです。
一つ面白い論文を紹介します。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7347485/
この論文によるとSARS-COV-2のSタンパク質は以前流行したSARSやMERSウイルスよりもはるかに強くヘパリンと結合するそうです。肺にはヘパラン硫酸やコンドロイチン硫酸が豊富に存在し、ウイルスがこれらと結合する可能性は高いそうです。さらに肺には多量のmast cellが存在しており、この細胞は上で述べたように大量のヘパリンをふくんでいます。ヘパリンはヘパラン硫酸やコンドロイチン硫酸よりも強くS タンパクに結合することもわかっています。要するに新型コロナウイルスのSタンパク質の単量体や三量体は、従来のコロナウイルスよりはるかに強くヘパリンやその他のグリコサミノグリカンに結合するのです。また興味深いことに肺ではSARS-COV-2のレセプターであるACE2タンパク質の発現は極めて少ないとされています。肺での感染には肺の細胞表面に存在しているグリコサミノグリカンが、ACE2よりもさらに大きく感染に関与しているのかもしれません。
Sタンパク質がグリコサミノグリカンに結合するための結合領域は、次の配列です。The SGP contains three putative GAG-binding motifs with the following sequences: 453–459 (YRLFRKS), 681–686 (PRRARS), and 810–816 (SKPSKRS), which we define as sites 1, 2, and 3, respectively.
これは以下の論文(下のリンクから無料ダウンロード可能です)からの引用です。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7347485/