研究倫理の話―封筒からウイルスを抽出?

梅が咲く季節になりました。先日、カナダから中国に届いた郵便物の表面や内部からオミクロン株のコロナウイルスを検出したというニュースを見てこんな話を思い出しました。昔、アメリカのニューヨーク市立大学ストーニーブルック分校に出張していたとき、研究倫理の講習会に参加しました。有名な糖鎖科学の研究者のLennarz先生が、いろいろ研究倫理の話をされました。その中にあった話です。ある研究室で、論文にでた研究試料であるバクテリオファージ(バクテリアに感染するウイルスです)を提供してほしいと著者に連絡しました。なかなか送ってこなかったのですが、やっと送ってきた試料からファージを増やそうとしたのですが、ファージは増えません。増えないからもう一回送ってくれといって送ってきたものからもファージは増えません。何度送ってもらってもダメでした。これは、競争相手の彼らにファージを渡したくないのでちゃんとしたファージを送ってきていないのだと、強く思わせる状況でした。そこで、きっと送り手の研究室の室内にはファージがうようよいるはずだから、送ってきた封筒にも付着しているだろう、封筒からファージを回収してみろ、といってやってみると、なんと目的のファージが増えて入手に成功したのだそうです。論文に発表した研究試料は論文が公開されたら、希望者に提供することという原則が科学界にあります。論文の著者は競争相手への試料の提供をしぶっていたのでしょうか?
この話、有名な話らしくてある本(「ヘウレーカ! ひらめきの瞬間―誰も知らなかった科学者の逸話集」の第162話、化学同人 発行)ではつくり話だと書かれています。ただ講習会があったとき、隣にいたラボのヘッドがこれはどこそこの研究室であった本当の話だと院生に話していたので、おそらくいろいろ都合の悪い事があるのでフェイクということにされた、真実であるのかもしれません。これが実はBrenner先生が作ったつくり話だというのは本人が以下に書いていますので読んで本当かどうか、一つ考えてみてください。
https://www.cell.com/current-biology/pdf/S0960-9822(06)00385-X.pdf
Brennerさんはファージを他の研究者からもらおうとしてもらえず、たしかケンブリッジの汚水処理場からファージを回収して使ったようです。ファージは下水から回収することが多かったらしいです。φX174というファージがありますがこれはフランスの汚水処理場からとられたものだそうです。Xはパリの10区の汚水処理場由来ということで、ローマ数字の10なのだそうです。下水で思い出しました。私は昔、カリフォルニア大学バークレー分校のJohn Gerhartさんのところに滞在していました。アフリカツメガエルの研究をしていたころの話ですが、カリフォルニア大学で飼育されているアフリカツメガエルの一部は、サンフランシスコの下水道にいたもの由来だといっていました。網をもって下水道にはいって採集したのだそうです。そう、ワニがいるという都市伝説のサンフランシスコの下水道です。その時はXenopus tropicalisというカエルを日本に持って帰って、日本での標準の実験材料にしようと計画していました。しかしカリフォルニア州の規則でX. tropicalisは他の州から輸入できないということで、ダメになりました。