辻邦生 の「背教者ユリアヌス」を読んでいます。

辻邦生さんは、学習院大学のフランス文学科の教授を長年つとめておられた学者で、有名な文学者です。私も若いときに「安土往還記」(芸術選奨新人賞受賞作)を何度も何度も読み返しました。また谷崎潤一郎賞を受賞した「西行花伝」も愛読しています。「背教者ユリアヌス」は、ローマ帝国の皇帝でキリスト教よりも古代ギリシャの神々を生み出した精神を愛して復活させようとした皇帝の生涯を描く長編歴史小説です。中公文庫版で全三冊の長編で上、中の二冊を買って読んだのですが下はまだ読んでいませんでした。ちょうど先日AmazonのKindle版中央公論社書籍の半額ポイント還元セールで「背教者ユリアヌス」の新版全四冊セットがあるのを見つけました。サンプルをダウンロードして中身を検討したところ、私のもっている古い中公文庫版には載っていない解説や作者の解説文などが4冊それぞれについていることがわかりました。これらを読んでみたいとおもい購入を決めました。買ってよかったと思っています。第四巻の巻末付録にある「(対談)長編小説の主題と技法 北杜夫 辻邦生」をまず読んでみましたが、これが読めただけでもとはとれたと思います。北杜夫さんと辻邦生さんは友人で、二人が小説の書き方、長編小説を書く技法についておしげもなくその秘訣を語っている対談は必読です。小説ってこんなにして書くんだということがよくわかりました。明治期以降の短い小説ではなく、西洋に伝統的に根付いているタイプの長編小説(源氏物語とはまた違ったタイプの長編小説です)は当時まだ日本では書かれていませんでした。この対談のお二人によって、西洋の長編小説に勝るともおとらない長編小説が日本ではじめて作り上げられたということがいえそうです。さらに第三巻の巻末付録「『背教者ユリアヌス』歴史紀行――自作解題風に」には、辻がこの作品を書き上げた経過がことこまかに解説されています。どうやって小説家が作品をつくりあげていくかが、これほど惜しげもなく公開されている文章をはじめて読みました。私たち研究者が論文や本を書くときの参考になることうけあいの素晴らしい文章です。是非こちらも読まれることを薦めます。他にも各巻に載っている、辻の関連したエッセイや、作品を連載しているときの日記(抄)、そして様々な人による解説は読みごたえがあります。

まとめると、この作品は日本の長編小説の一つのスタイルを確立した作品(第14回毎日芸術賞受賞)であり、添えられた解説やエッセイ、対談、日記などは、小説家の作品創造の過程を教えてくれる得難い資料となっています。研究者がこれから創造的な学問・研究を進めていく上での絶好の参考書にもなるよい本だと思います。この年末や冬休み、お正月などに読んでみてはいかがでしょうか。
https://youtu.be/QSobZYfJEDU?si=EcdkM0z0H5tDTAG-