今年2023年はスペースシャトルのコロンビア号の悲惨な空中分解事故から20年目にあたります。20年前の2003年2月1日 コロンビア号はミッションを終えて帰還する際、大気圏突入後 空中分解して搭乗員7名が犠牲になりました。コロンビア号では、モデル生物である線虫C. elegansを搭載した宇宙での実験が行われており、空中分解して地上に激突したスペースシャトルの残骸の中から、C. elegansを収容していたキャニスタが回収されました。驚いたことに、キャニスタの中に収容されていた線虫は生きていたのです。線虫はスペースシャトル事故の唯一の生存者でした。回収された生きた線虫からは多数の子供が生まれたそうです。
コロンビア号では、線虫C. elegans用の完全合成培養液(培養液の成分がすべて既知の化学物質のみからなる完全合成培地)でこしらえたアガー(寒天)上で線虫が飼育されていました。通常の大腸菌を餌に生やしたアガーでの線虫と比較して、完全合成培地が宇宙実験に有効かどうかを検討する実験を行っていたのです。線虫の筋肉に対する無重力の影響などを研究することで、無重力の人間の宇宙飛行士の筋肉への影響を調べる実験の一環でした。この実験のメンバーには、この化学合成培地を開発したオハイオ大学のNathaniel J Szewczykさんが入っていました。私も彼からこの宇宙実験で利用された完全合成培地を沢山もらって実験していたことがあります。普段線虫の飼育に利用している、(成分不明の部分がある)酵母エキスや大腸菌を使わないので、完全に制御した条件下での実験を行うことができるのがこの合成培地のメリットです。
さて、スペースシャトル・コロンビアには、線虫をいれたシャーレを収容したキャニスタが5本搭載されていました。空中分解したスペースシャトルの残骸や乗組員の遺体、遺品を回収する大規模な捜索がおこなわれ、線虫のキャニスタも5本とも回収されました。その結果、4本のキャニスタから生きた線虫が回収されたそうです。詳しくは、次の Szewczykさんたちの論文をご覧ください。論文には、線虫を入れた容器の回収地点の地図、一部穴があいている回収された線虫コンテナの写真、回収された生きている線虫の写真やその線虫の子孫の写真などがのっています。
Astrobiology 2005 Dec;5(6):690-705.(doi: 10.1089/ast.2005.5.690)
Caenorhabditis elegans survives atmospheric breakup of STS-107, space shuttle Columbia
Nathaniel J Szewczyk , Rocco L Mancinelli, William McLamb, David Reed, Baruch S Blumberg, Catharine A Conley PMID: 16379525 DOI: 10.1089/ast.2005.5.69
全文はこちらから読むことができます。回収地点の地図と、キャニスタの写真を論文から引用しておきますのでご覧ください。
https://www.researchgate.net/profile/Rocco-Mancinelli/publication/7390925/viewer/AS:101992718405639@1401328367609/background/10.png
図 aでは左が地上にずっとあった比較対照用のキャニスタ、右が地上に激突したキャニスタです。穴があいているもの(e)ありますね。論文では地上に激突した時の衝突の衝撃などもみつもっていて、こういうキャニスタなら恒星間での生命の撒布も可能だということが議論されています。線虫は丈夫ですね。