手元にあるファインマン物理学の日本語版第1巻(岩波書店)にノーベル賞物理学者のファインマンさんの以下の言葉が書かれています。
「もしもいま何か大異変が起こって,科学的知識が全部なくなってしまい,たった一つの文章だけしか次の時代の生物に伝えられないということになったとしたら,最小の語数で最大の情報を与えるのはどんなことだろうか.私の考えでは,それは原子仮説(原子事実,その他,好きな名前でよんでよい)だろうと思う . すなわち,すべてのものはアトム一一永久に動きまわっている小さな粒で,近い距離では互いに引きあうが,あまり近付くと互いに反揺するーーからできている,というのである.これに少レ洞察と思考とを加えるならば,この文の中に,我々の自然界に関して実に露大な情報量が含まれていることがわかる」
原文はこんな感じです。(ファインマン物理学オンライン版https://www.feynmanlectures.caltech.edu/より)
1–2 Matter is made of atoms
If, in some cataclysm, all of scientific knowledge were to be destroyed, and only one sentence passed on to the next generations of creatures, what statement would contain the most information in the fewest words? I believe it is the atomic hypothesis (or the atomic fact, or whatever you wish to call it) that all things are made of atoms—little particles that move around in perpetual motion, attracting each other when they are a little distance apart, but repelling upon being squeezed into one another. In that one sentence, you will see, there is an enormous amount of information about the world, if just a little imagination and thinking are applied.
(https://www.feynmanlectures.caltech.edu/I_01.html#Ch1-S1).
原子論といえばルクレチウスやデモクリトスを思い起こしますが、古代インドの古い文献にも原子論のことが書かれているそうです。 以下の日本語の論文をみつけました。
「インドの自然観 ヴァイシェーシカ学派の自然観-インド多元実在論哲学の自然観」
というタイトルの、野沢正信という先生の論文です。今西順吉編著『インド的自然観の研究』(国際仏教学大学大学院、1999年)所収の論文をほぼ採録したものである。とのことです。https://user.numazu-ct.ac.jp/~nozawa/c/contents.htm
古代のインドでも原子論がとなえられていたというのは確かのようです。ヴァイシェーシカ・スートラとよばれる文献がこの学派の基本経典だそうですが、原子論の成立年代については紀元前6世紀から紀元2世紀までの説があって決着はついていないようです。ブッダより古いヒンズー経の経典であるともいわれているそうです。もしそうなら、古代インドとギリシャとは交流があったと思われますので、ギリシャの原子論はインドの原子論に影響されたものかもしれません。また逆にギリシャの原子論がインドの原子論に影響を与えたのかもしれません。(WikipediaのVaisheshikaの項目の英語版https://en.wikipedia.org/wiki/Vaisheshika には、この経典の英語版などへのリンクがありますので興味がある方はご覧ください。)
ヴァイシェーシカ学派の原子論では、地・水・火・風が、自然界の全物質を構成し、その究極の姿は原子であると考えていたそうです。またエーテルに相当するもの (虚空)も実体の構成要素と考えていたそうで、ギリシャ哲学のエーテルから逆にインド哲学の虚空の意味がわかるかもしれません。つまり般若心経の「空」というのは、ギリシャ哲学のエーテルそのものではないかということです。そう考えると、なにやらわけのわからない「空」について書かれている、般若心経のすべての文言がすとんとわかった気になってしまいます。これは私の考えではなくて、昔読んだ本の受け売りです。「化学者槌田龍太郎の意見」(化学同人 発行)の「般若心経」という章に書かれている大阪大学教授をつとめておられた槌田龍太郎先生のお考えです。先生の原子論と般若心経についての論説はとても説得力があると感じています。(この項続く)