今日はABO式血液型の話をします。ABO式血液型の正体は糖鎖です。この血液型は血液型性格判断で話題ですが、本当に性格と関係しているのでしょうか。今回と次回で、その真偽についても考えていこうと思います。
ヒトには色々な血液型があり、血液型をになう様々な物質(血液型物質)がありますが(註1)、あまたの血液型物質の中で一番有名なのはABO式(えーびーおー式)血液型物質でしょう(註2)。輸血のとき必ず調べる血液型です。血液型性格判断でおなじみの血液型でもあります。ABO式血液型は昔(1901年)Karl Landsteiner (ラントシュタイナー)という人が見つけて、1930年のノーベル賞を授賞しています。輸血の時 このABO式血液型の適合性を確認することで、輸血が安全になったので有名です。A型の人の血液の中(血清)には、B型血液型物質に対する抗体があります。B型の血液型の人の血液には、A型血液物質に対する抗体があります。AB型の人の血液にはどちらの抗体も存在せず、O型の人の血液には A型血液型物質とB型血液型物質に対する抗体がともに存在しています。それで輸血(今では輸血には血液そのものではなくて、血液から分離した赤血球を濃縮したものを使います) の時、輸血する血液の血液型を、輸血をうける人の持っている抗体の存在を考慮して選ばないといけないのです。輸血された人の血液中にあるABO式血液型物質に対する抗体が、輸血された赤血球表面の血液型物質と反応するものだった場合、輸血された赤血球は抗体によって架橋されて凝集して血管が詰まったり、腎臓がやられたり、輸血した赤血球が抗体で破壊されたり(溶血です)して、命に係わる事故になることもあるというわけです。
B型赤血球をA型の人へ輸血した場合や(以下B to Aと略)、A to B、A to O、B to Oの輸血の場合こうしたことが起こります。血球でなく血液を輸血した場合にはドナーの血液中の抗体が、輸血をうける人の赤血球を攻撃して破壊しますが、抗体の量が少ない場合が多くマイナーな傷害でとどまることが多いようです。O型の人の血液をA型の人へ輸血した場合―O to Aや、O to B、もちろんA to B、B to Aの場合もこうした攻撃がおこります。
ABO式血液型物質は赤血球表面の糖脂質と糖蛋白質に付加されています(註3参照)
ABO式血液型物質が、ヒトの赤血球表面の糖脂質(糖が結合した脂質です)に存在することを初めて発見したのが2018年10月に亡くなった山川民夫先生です。山川先生の発見の後、箱守仙一郎先生のグループがその糖脂質の構造を明らかにし、さらにABO式血液型物質合成酵素の遺伝子が箱守研究室におられた山本文一郎先生によって同定、クローニングされています。山本先生の書かれた岩波ジュニア新書 811 「ABO血液型がわかる科学」はABO式血液型物質研究の世界的権威が書かれた、ジュニアだけでなく生命科学系の大学院生が読んでもわかりやすく読みごたえのある優れた本です。是非読まれることをお奨めします。
ABO式血液型物質の構造を以下の図に示します。もうちょっとごちゃごちゃした表記も使われることが多いので、それについては私達が書いたこの記事の図もご覧ください。
以前にも紹介しましたが、上の記号表記はとてもみやすくて、A型とB型の血液型物質の差が、GalNAc(N-アセチルガラクトサミン、ギャルナック)とGal(ガラクトース、ギャル)の違いだけだというのが一目瞭然です。O型(H型)物質にGalNAcがα1-3で結合したのがA型物質で、Galがα1-3で結合したのがB型物質です。図ではα 3と書かれているだけで、1がないのですが、前回紹介したように1位からでる糖鎖の結合を図で表すときには、1を略すことが多いです。つまりA型とB型の血液型物質の違いはH型血液型物質のガラクトースGalに、α1-3結合でGalNAcがつくか(A型)、Galがつくか(B型)だけの差です。ちなみにGalとGalNAcは以下の図のような違いにすぎません。
たったこれだけの差ですが、人はこの構造の差を厳然と区別していることに注意してください。これだけの差を生命が区別していることが、輸血事故の原因となっているわけで、糖鎖というものが本当に重要なものだと実感できるのではないでしょうか。これからの回で順次説明しますが、糖鎖は血液型だけではなく、実に様々なところで生命の根幹・基本素子として活躍しているのです。DNA/RNA、タンパク質につづく生命の第三の鎖と呼ばれるだけのことはあるのです。
さて、話をもとにもどしますが、上の記号表記なら、様々な糖鎖の中のどこにA型血液型物質の三糖があるかはすぐに見つけ出せますね。練習問題として以下の図の中からA型物質のパターンを探してみてください。
では次の糖鎖はどうでしょうか?一番上のA型物質の表記と比べてみてください。図を裏返しただけに見えますが、どうでしょう?
これはA型血液型物質でしょうか?上の図と比較して考えてみてください。
最後にPubChemで血液型物質を表示させてみましょう。ABO式血液型糖鎖の基本であるH型(O型)血液型物質はここをクリックしてください。また B型血液型物質はここをクリックしてください。
A型血液型物質はこちらです。
次回はABO血液型と性格との間に、本当に関係があるのかどうかを真剣に考えてみることにします。
註1:36種類も知られている、人の血液型の一覧はここにあります。
https://www.isbtweb.org/working-parties/red-cell-immunogenetics-and-blood-group-terminology/#collapse-1159-6
いろいろ情報がありますが、その中でも以下のBLOOD GROUP ALLELE TABLES を見てください。
https://www.isbtweb.org/fileadmin/user_upload/Red_Cell_Terminology_and_Immunogenetics/Table_of_blood_group_systems_v6_180621.pdf
註2:ABO式血液型はLandsteinerが1901年に発見したもので、最初はそれぞれの血液型にA,B,Cというアルファベット順の名前を付けたようです。しかしほどなくCという名称の代わりにohne A, ohne B(それぞれ「Aなし」、「Bなし」という意味のドイツ語)という言い方が普及し、ABO式血液型とよぶようになったそうです。O型の人はA型やB型、AB型のヒトと結婚すると子供はヘテロ(AOという遺伝子型やBOという遺伝子型)になるので、heterogenicという意味でO型をH型とよぶことがよくあります。H型というのは血液型の一つでもあり、H型の糖鎖構造の端っこに特定の糖が特定の結合の仕方でついたものがA型やB型の糖鎖構造となります。その意味でH型という血液型はABO式血液型の根幹の糖鎖構造であるわけです。
註3:すべての糖タンパク質や糖脂質にABO式血液型物質の糖鎖がついているわけではなく、糖タンパク質や糖脂質のなかの特定の種類のものにABO血液型物質の糖鎖が結合しているということです。