秋のおすすめ本その1―量子生物学(1)

ノーベル賞の発表がはじまり、本庶佑先生が授賞されてみなが大喜びですね。秋も深まってきて福岡では農家の稲刈りも9割がた終わったようです。

量子生物学 Quantum Biologyというのを聞いたことがありますか?数年前にでた本でLife on the Edgeという面白い本があります。細胞生物学の授業で物理や化学専攻の2年生にお奨めと紹介した本です。日本語訳もされていて「量子力学で生命の謎を解く」(水谷淳訳、SBクリエイティブ発行)といいうタイトルで本屋に並んでいます。

動画は英国のRoyal Institutionでのこの本の著者の講演です。この本が出たときにはイギリスで大評判になり、ベストセラーとなりました。雑誌NatureやNew Scientistでも紹介されたほどです。Royal Institutionは、かのマイケル・ファラデーが「ロウソクの科学」などの講演をした場所ですが、様々な演者を呼んでの講演が常に行われており、講演は公開されています。YouTubeのチャンネルもありますので、ご覧ください。電車の待ち時間や通勤時間に視聴すると楽しいです。英語が聞き取りにくいときは字幕を表示させるとよくわかると思います。Royal Institutionでは評判の科学書の著者を読んで講演してもらうことも多く、この本もそうですが、ほかに例えばHow to clone a mammothという評判の本の著者のBeth Shapiroさんの講演など、本の内容がよくわかる講演がいろいろありますので、本を買う前に聞いてみてください。本を買わなくても良いかもしれないほど面白い講演が多いです。

さて量子生物学ですが、この本では酵素反応にプロトンのトンネル効果が働いて効率化に寄与していたり、コマドリの季節の渡り(地磁気を感知するコンパス)にコマドリの体内にあるクリプトクロームというタンパク質分子内の電子の量子もつれが利用されていたり、あるいは光合成中心への効率的なエネルギーの移動にexcitonとよばれる励起子が働いていたりという話が分かりやすく書いてあります。他に匂いの検知メカニズムにも量子効果が働いているという仮説(反論の論文もでています)もあって、読んで大変面白い本です。物理や化学を学んでいる学生さんに特に薦めます。

著者の主張は「生命は量子効果を利用して維持されており、生きているということは量子効果が利用されている状態、死ぬとそれがなくなるということで、まさに量子効果の働く境界で生命が存在している」というものです。光合成の反応中心では量子コンピューターが働いているという論文の紹介もあります。その論文をみて一時間もかからずその間違いがわかったというMassachusetts Institute of Technologyの先生の講演が一番下の動画です。この有名な量子コンピューターの権威Seth Lloyd教授は、自分のラボで量子生物学を研究しているそうです。九州大学の生物学科の教授だった西村光雄先生は留学中、光合成細菌の光合成でのチトクロームの酸化における電子移動が液体窒素の温度でも起こることを発見した論文を有名なBritton Chance先生との共著で書かれました。続く研究でChance先生は液体窒素の温度やそれ以下の温度まで冷却すると100K(ケルビン)以下では電子移動が温度に依存しなくなることを発見、光合成における電子移動には量子トンネル効果が介在していることを示唆する論文を書かれています。西村先生の実験の話はこの本の第3章(翻訳書の98ページ)にのっています。九州大学にも量子生物学の研究室はありますし、最近は大阪大学でもこんな研究がたちあがっています。分子生物学会のワークショップでも量子生物学がとりあげられるなど、面白い研究分野になりそうです。

最近の日本語で書かれた量子生物学の入門書や総説についてはこちらの記事をごらんください。(2019年1月30日追記)