糖鎖生物学入門―4 アルマ望遠鏡がとらえた、宇宙に存在する糖

前回は単糖の構造を簡単に紹介しました。炭水化物は一般にCm(H2O)nと表記され、炭素に水がついたような分子という意味で、carbo hydrate (炭・水化物)というのでした。ではm=2でn=2の化合物、C2(H2O)2というのはどんな分子でしょうか。
グリコールアルデヒドという名がついているこの分子は、PubChemでは下図のような構造であると表示されています。 立体構造はこんな感じです。

図の左の構造式をみると、右端にアルデヒド基-CH=Oがあります(註2)。HOCH2-CH=Oいう構造のこの分子は、diose とよばれ (di-は2という意味の接頭語、-oseは糖を示す接尾語ですので、2-carbon sugarとも言われます。二炭糖といいます。註1参照)、体内で重要な代謝産物として働いており、たとえばアセチルCoAに容易に変化することも知られています。
このdioseは実は宇宙に存在しています。その存在を明らかにしたのは、先日ブラックホールの形をとらえた電波望遠鏡システムALMAです。
The Atacama Large Millimeter/submillimeter Array (ALMA) は、南米チリのAtacama砂漠に展開している電波望遠鏡群=アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計です。上にリンクを張った日本語での紹介ページのトップの「ALMA望遠鏡にまつわる10のこと」の第4番目に「地球外生命の可能性に迫る」という項目があり、そこにグリコールアルデヒドの分子の絵がのっています。説明文にはアミノ酸のことばかり書かれていますが、グリコールアルデヒドは様々な炭水化物のもとにもなる分子です。
発見された場所はIRAS 16293-2422という地球から400光年はなれた連星系のガスの中で、太陽系タイプの星が誕生している現場と考えられているところです。その暖かいガス(200-300K程度の温度だそうです)の中に初めてグリコールアルデヒドが存在することがALMA電波望遠鏡で検出されたのです(論文はここからダウンロードできました)。以下の動画も参考にしてください。

グリコールアルデヒドは上に述べたように最も簡単な糖 diose (二炭糖)であり、ホルムアルデヒドからはじまるホルモース反応(formose reaction)で、触媒の存在下で様々な単糖やリボースなども合成できる素材となる分子でもあります。ホルムアルデヒド(化学式はHCHOでありこれはC(H2O)とかけます)は宇宙空間に存在することがすでに分かっており、グリコールアルデヒドとホルムアルデヒドがホルモース反応をすると三炭糖(グリセルアルデヒドなど)ができあがり、それをもとに様々な糖が合成できるのです。つまり宇宙に、それも太陽系の形成現場にグリコールアルデヒドが検出できたということは、生物によらない触媒で、こうした糖が形成される可能性を補強する発見であり、生命の礎になる炭水化物分子の発見は、宇宙における生命の起源の研究に大きく貢献するというわけです。

最初の有機化合物の一つとして、簡単に糖ができる、というのはとても興味深い可能性です。生命は糖からできたのかもしれない、つまり、RNAワールド云々をするまえに宇宙に豊富な糖の存在が前提としてあって、糖を中心とするタイプの生命がまず最初にできた(RNAの中にも糖がはいっています)可能性すらでてくるわけです。今まで生命の起源の説明に糖を取り込む試みは少なかったのですが、糖鎖生物学者の多くは、RNAワールドより前の糖の形成にこそ、生命の起源を解くカギがあると確信していると思います。

ALMA望遠鏡の日本語サイトには動画ギャラリーもあり、研究者向けサイトととともに大変わかりやすく望遠鏡の全貌を紹介してくれています。本屋に山積みされていた本『スーパー望遠鏡「アルマ」の創造者たち』もおすすめです。ALMA望遠鏡の建設に日本の科学者たちが決定的な貢献をしているのがよくわかります。

註1:炭素が2つ入ってる糖が二炭糖、3つが三炭糖、4つが四炭糖、5つなら五炭糖、6つなら六炭糖です。英語では、di-が2の接頭辞、tri-が3、tetra-が4、penta-が5、hexa-が6の接頭辞ですから、それぞれdiose, triose, tetrose, pentose, hexoseというう名前となります。pentoseはペントースリン酸サイクルというのを生化学で習った人もいるかもしれません。ヘキソースもよく聞く言葉ではないでしょうか。

註2:単糖でアルデヒド基を含むものをaldose(アルドース)、ケト基をふくむものをketose(ケトース)と呼ぶことも覚えておくと良いと思います。glycolaldehydeはaldoseになります。註1とあわせると、aldotetroseとか、ketopentoseというのがどんな物質かがわかると思います。このようにketoseやpentoseに、炭素数を組み合わせた表現もよくみうけます。

Brenner先生がCurrent Biologyに書かれたコラムの記事や関連本がダウンロードできます。

 

先日亡くなったBrenner先生はCurrent Biology という雑誌に 1994年1月から2000年12月までコラムを執筆されていました。そのコラム( Loose Endsというコラム名が、途中から False Startsにかわりました。これはコラムの掲載場所が雑誌の巻末から巻頭に変わったのに対応して おちゃめにタイトルを変えたようです)がオンラインで読めるようになりましたのでお知らせします。またpdfをダウンロードすることもできます。ダウンロードするには、ページの中央下にあるスピーカーボタンの左隣にある、ダウンロードボタンをおしてください。「パブリケーション全体―8.5MB 出版物をpdfファイルとしてダウンロードします」という表示がでますのでクリックするとpdfが保存されます。

それからEMBO in Perspectiveという本も紹介しておきます。無料ダウンロードはここからできます。

EMBO (ヨーロッパ分子生物学機構)の50周年記念で作られた本だそうで、サイエンスライターでドロシー・ホジキンの伝記を書いたので有名な Georgina Ferryさんが書いた本です。Paul Nurseが序文を書いています。

Based on personal interviews with Sydney Brenner, L. Luca Cavalli-Sforza, Georges Cohen, James Watson and the directors of EMBO, this book tells the story of the journey from the study of molecules and microbes in the nuclear age to the growth and expansion of EMBO and the life sciences. It also provides new perspectives on some of the creation myths of the organization. (上記のEMBOのホームページからの引用)

写真は自宅に実ったサクランボです。毎年、カラスなどに食べられないようネットを張っていたのですが、今年は面倒なので白いビニールの荷づくり紐を、トリの羽が引っ掛かるように張りました(写真右)。これは案外効果がありました。一切鳥がよりつきませんでした。

最近、カラスの代わりにカラスの仲間のカチガラスがご近所のサクランボを食い尽くしていました。カチガラスはかささぎの別称で、佐賀の県鳥ですが福岡にも出没しています。(余談ですが、植松三十里さんの小説「かちがらす-幕末を読みきった男」( 小学館)は、幕末の佐賀藩主の活躍を描いたものでとても面白かったです。) カチガラスは電柱の上に巣を作って停電の原因になったりしている害鳥でもあります。

白いビニール紐を張っておくと、カチガラスはおろか、一切の鳥が寄り付かなくなり、写真のサクランボは今は熟れすぎたまま木に全部残っています。収穫は連休中に終えたので、あとは紐を切って鳥に食べてもらわなくてはと思っています。とにかく、サクランボなどを鳥から守るには、ビニールひもを張り渡すというのがとても効果があることがわかったのは発見でした。