2016.07.30(土)アサガオが咲きました― メンデルの雑種植物の研究について(2016.07.30 土曜日)

今朝、庭をみると一輪の朝顔が咲いていました。
今年の一番朝顔です。
子供が小学校のとき自分の植えた朝顔だけ、葉っぱばかり茂って、一学期が終わったのに花がつかないと泣いていました。
ところが7月下旬から咲きはじめ、11月まで咲き続ける遅咲き朝顔で、結局クラスで一番たくさんの花がつく朝顔だったので、大喜びでした。

毎年毎年、こぼれ種で年をこして、 今頃から咲きはじめ、咲き続けてきました。

遺伝学では交配した一代目をF1といいますが、もう22年たっていてF22の朝顔です!
遅咲きの形質(表現型)はずっと保存されています。

九州大学の生物学教室の仁田坂 英二先生は朝顔で形態形成とその原因となるトランスポゾンの研究をしておられて、
ナショナルバイオリソースプロジェクト「アサガオ」のリーダーとしても活躍されています。
先生が作成しておられるホームページには朝顔についての様々な情報が集まっていますのでご覧ください。

先生は、変化朝顔図鑑(化学同人, 2014)というきれいな本もだしておられます。
朝顔の学術研究が始まって今年で100周年、栽培ブームが始まって200周年だそうです。
アサガオを使ったメンデル遺伝学の実験の情報も先生のホームページにありますが、
このような植物の交配実験からメンデル遺伝学が誕生したのでした。

細胞生物学の講義でも話しましたが、学生の時、メンデルの論文を読んだ私の第一印象は、「これは生物物理学の論文」である というものでした。その論文、「雑種植物の研究」には、優勢の遺伝子を大文字のA、劣性の遺伝子を小文字のaで示すという現代の表記法のもとになる表現が用いられており、下の 図のような数式が掲載されています。

当時実体がわかっていなかった遺伝因子についてちゃんと数値データをとって議論しており、表現型をしめすマメの数を数えて議論しているのが見事です。メンデル以前にメンデルとにた考えを思いついた学者もいたようですが、数値的に扱わなかったのが彼との違いだったようです。日本語訳は岩波文庫などで読めますが、無料のものはみつかりませんでした。英語やドイツ語なら無料のものがいろいろあります。
ドイツ語のもとの論文はInternet Archiveという無料の電子ブックやビデオなどを集めてあるサイト からダウンロードできます。pdfファイルの106ページからMendelの論文がはじまります。英語版が見たい人は下にリンクがありますのでそちらからダウンロードしてください。また英語、ドイツ語版の論文が両方読めるMendel webというサイトがあって、
読みやすい翻訳があります。
近藤滋さんのメンデルについての紹介 もおすすめです。
Internet Arhiveからは英語への翻訳本も、ダウンロードできました。
Mendelなどのキーワードで検索して探し出せます。 1925年発行の本で図はその本のページをスクリーンキャプチャしたものです。pdfだけでなく、iPadやKindle型式の本もダウンロードできますので試してみてください。Mendelはドップラー効果で知られる有名な物理学者ドップラーのもとで物理学を学んだそうで、物理の素養も深かったそうです。
下のような簡単な数式だらけの論文ができるのもうなずけます。  

2016.07.13(水)実験ノートの書き方―タイムスタンプの重要性―

再び実験ノートについてです。 あまり知られていいないのですが、実験ノートにタイムスタンプ(タイムスタンプサービスを提供している会社の一例です)を押しておくのが必須になりつつあります。

最近では知的財産権の主張のためにも実験ノートが大事だとされています。しかし日本とアメリカの知財の扱いの違いによって、先取権の主張のためには実験記録にタイムスタンプが押してないとアメリカでの裁判には勝てないことが話題になっています。

つまり実験がいつ行われたか、ある発見や発明がいつ行われたかを証言するためにタイムスタンプ入りの資料の作成が必須になるケースが増えているということです。新発明や新発見をして知的財産権を主張したいときには、発明・発見の日付が入ったデジタル資料にタイムスタンプを押して保存しておかなくてはなりません。タイムスタンプというのは、デジタル資料に改ざん不可能な時刻を組み込むサービスで、タイムスタンプを付加した資料は、内容と作成日作成時間が不可分となっており内容と作成日時の改ざんが不可能になっています。通常、タイムスタンプサービスをしている会社にコンピュータのファイル(暗号化ファイルも可能)をアップロードしてタイムスタンプを押してもらうという形をとります。

紙の実験ノートに日付入りの記録をとりその内容を上司などが確認したという署名入りの、よくある実験ノートでは外国での裁判には不十分だと心得ておいてください。紙のノートはあとから簡単に追記ができますので不十分だということは想像できると思います(昔、FBIが実験ノートに貼ってあるプリンタのインクの経時変化を調べた事件がありました)。

米国の裁判で発明の先取権を争った経験のある、知り合いの社長さんによると、米国の裁判所は改ざんが容易な紙のノートはもちろんとりあってくれませんが、国際規格にそった基準でつくられた、日本の会社が提供しているタイムスタンプを押したデジタル資料も取り合ってくれなかったそうです。米国のタイムスタンプ基準は国際標準の規格プラスαの条件がいっぱいあり、それをみたしていないと米国での裁判には勝てないのだそうです。幸いその方は日本のタイムスタンプと米国のタイムスタンプ(一例はここ)
の両方を押したデジタル資料を保存していたので後者を提出して、発明の先取性を主張したところ、めでたく裁判には勝てたそうです。郷に入れば郷に従えということで、こうしたタイムスタンプの利用の実体を知らないばかりに競争に敗れている日本の研究者があとをたたないとのことです。

科学を学んでいる皆さんもぜひ一度タイムスタンプというのを学んでおいてください。

2016.07.11(月)実験ノートの重要性1 

今日は実験ノートについてです。

以前、英国ケンブリッジにあるMRC 分子生物学研究所に保存されているBrenner先生(Nobel賞受賞者)の実験ノートの写真を載せたり
Pauling先生(Nobel賞を2度受賞)の実験ノートも紹介したことがありますが、
実験ノートと実験の生データの保存は極めて重要な習慣です。最近では研究者が研究倫理についての講習をうけることが各所で義務化されていますが、有名な本「背信の科学者たち」(ブルーバックス)などにのっている不正の例が、講習教材でもとりあげられていました。この本にはメンデルやニュートンをはじめ、いろんな有名人が登場しますが、不正ではないといいう意見があるのにざっくり不正と断定しているものも含まれるので注意が必要です。

たとえばミリカンというアメリカの物理学者もやり玉に挙がっています。彼は有名な油滴の実験とよばれる実験で、油滴が帯びている電荷が一単位、二単位というようにとびとびの整数値をとることを鮮やかに示し、電子の電荷の値を正確に測定することに成功して、電子の解明に大きく貢献した学者です。この業績でノーベル賞を受賞しています。「背信の科学者たち」(ブルーバックス)によると、彼の実験に不正があり、自分に都合のよい結果だけを選んで論文にしたとあります。しかしこれには異論があり、彼の実験ノートを詳細に調査した結果、すてたデータは電荷の算出に必要なストークスの法則にあてはまらないものだけだったなどの点があきらかになっています。ミリカンの実験データの扱いは正しかったという真逆の結論です彼のノートには、実験日の気圧、装置を減圧して測定してストークスの法則があてはまるとき正しい値がでるとを確かめた際の気圧もちゃんと記載されているそうです。これも実験ノートが残っていればこそできる調査ですね。

研究ではデータやサンプル(試料)の保存も大事で、たとえば生命の起源にせまろうとしたミラーの実験。放電実験でできたサンプルでミラーがなぜか調べなかったサンプルが見つかり、それを現代の最新機器で調べてみると、ミラーができたといっていた以外に、なんとペプチドもできていたのがわかった、というエピソードもあります。
私たちの伊都キャンパスにおられる森田先生が発見された113番元素はニホニウムという名前になるはこびですが、これはニッポニウムと呼ばれ一時は周期表にっものっていた、日本人が発見して命名した新元素へのオマージュでもあるそうです、この幻のニッポニウムも、原子番号の同定に誤りがあったのですが、残された資料の解析から実際に当時未知だった新元素を発見していたことがわかっています。ニッポニウムは、当時未発見だった新元素レニウムだったのです(日本化学遺産に登録されています)。

実験ノートと研究資料の保存は大事ですね。

2016.07.07 (木) 次世代シークエンサーの威力

2016.07.07 (木) 次世代シークエンサーの威力―DNase-Seq(ディーエヌエース シークと読みます)とATAC-seq (seqをセックと読む人もいますが英語ではシークと読むのが多いです): 七夕です。福岡は快晴 (7月分ブログ初日です) 。
最近活用されている次世代シークエンサーの威力を基幹教育の細胞生物学の講義で紹介しました。染色体の中で活発に機能しているDNAの部分はDNase I というDNAを切断する酵素で切れやすくなっていることがわかっています。そこで核をとりだして軽くDNase I 消化を行って活発に機能しているゲノム部分を消化した後、次世代シークエンサーで切れた部分の配列を同定すれば、その細胞で活発に働いているゲノムの部分の塩基配列がわかります。これをDNase-Seq解析と呼びます。たとえば幹細胞から分化する前と後でこの解析を行うと、幹細胞で発現していたタンパク質遺伝子や遺伝子制御にかかわる制御遺伝子のおよそ半分は、分化した細胞でも活発に機能して発現しており、新たに半分くらいの分化した細胞に特徴的な遺伝子が発現しているようです。このDNase-Seq解析は、
有名な20世紀の発生学者Waddingtonのepigenetic landscapeの実体を明らかにしつつあると考えられ、わくわくします。詳しくは オープンアクセスの論文Developmental Fate and Cellular Maturity Encoded in Human Regulatory DNA Landscapesをご覧ください。写真は九大図書館にあるWaddingtonの著書The Strategy of the Genes (1957)からスキャンしたものです。
ヒトではタンパク質をコードする遺伝子は21,000個ほどあり、そのほかに4,0000個ほどのnon-coding RNAをコードする遺伝子( プロモーターをもちexonがあり、スプライシングをうけるといった普通の遺伝子の特徴を備えているもの)があるほか、100万個をこえるfocal smaller/less structured non-coding RNAsが同定されているようです(ビデオ)。
DNase-seqのほかにも、感度を大幅に上げた方法(1細胞でも解析可能らしい)として、Tn5 のtransposaseという酵素を利用するATAC(Assay of transposase Accessible Chromatin)-Seqという方法(ビデオ)も知られています。これはトランスポゾンが、開いている染色体部分に飛び込むメカニズムを利用する方法です。トランスポゾンは自身をゲノムに組み込むときに、宿主側のゲノムDNAに自身のDNA配列を結合させる(ライゲーションさせる)活性をもつ酵素transposaseをもっています。高い活性のtransposaseを遺伝子改変によって作成し、この発現させたtransposaseといっしょにPCR増幅用のプライマーを入れることで、開いているクロマチン部分にtransposaseによってPCR用のプライマー配列を結合させることができます(transposaseのligation活性を利用)。こうして開いているクロマチン部分だけに増幅用プライマーを導入した後、挿入したプライマーを利用してPCRで増幅すれば、開いていたクロマチン部分が増幅されて、あとは次世代シークエンサーで増幅された配列を読み取り、どんな配列の部分が開いていたかが網羅的にきまるという仕組みです)

 

このような新しい手法の開発で、発生のステップごとにどのように遺伝子の発現調節が変化するかや、病気の発症段階をおっての遺伝子発現調節の変化が解明され、遺伝子制御ネットワークの全貌(レギュロームという名前も提唱されています)が解明されています。まさに生物学の革命を私たちは目にしているのです。